カジュからのメッセージ

こちらのコーナーでは、
カジュ・アート・スペースが年4回発行している「カジュ通信」の記事を中心に、カジュに集うアーティストたちや地域活動家たちのメッセージをお届けいたします。

2005年以前のメッセージについてはこちらをご覧ください。

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たなか牧子の巻頭エッセイ(手描き版)

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カジュ通信の中でも、今では数少なくなった手描き原稿組。巻頭エッセイは下書きなしの一発勝負。たなか牧子の年に4度のライブ・パフォーマンス(?!)です。

2012 新春号
2011年 秋・冬号
2011 夏号
2011 春・初夏号
2011 新春号
2010 秋・冬号
2010 夏号
2010 春・初夏号
2010 新春号
2009 秋・冬号
2009 夏号
2009 春・初夏号
2009 新春号
2008 春・初夏号
2008 新春号
2007 夏号
2007 春・初夏号
2007 新春号
2006 秋・冬号
2006 夏号
2006 春・初夏号
2006 新春号
2005 秋・冬号
2005 夏号
2005 春・初夏号
2005 新春号
2004 秋・冬号
2004 夏号
2004 春・初夏号
2004 新春号
2003 秋・冬号
2003 夏号
2003 春・初夏号
2003 新春号
2002 夏号
2002 春・初夏号
2002 新春号
2001 秋・冬号
2001 夏号
2001 春・初夏号
2001 新春号
2000 秋・冬号
2000 春・初夏号
2000 新春号
1999 秋号
1999 夏号
1999 春号
1998 冬号
1998 秋号

創刊号


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樹身成仏

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カジュ通信2010年夏号 より

油断していたら、夏が来ていました。それも、大変手ごわい夏が。どんなに日中暑くても朝夕は涼しいのが鎌倉の夏なのに、今年はそれもままなりません。例によってカジュの庭はアマゾン級のジャングルと化し、植物たちの凄まじい生命力に毎日圧倒されています。

今年の春から、植物染のデータの整理をしていて、身近な植物たちのことを毎日植物図鑑やネットのサイトとにらめっこしながら調べ、試染しています。知れば知るほど、植物たちの、“生”のメカニズムに驚かされて、神話に遡るエピソードに感動し、それと同時に、人間という生きものが辿った“進化”(?)の道程がつくづく愚かで救いようがないように思えてきます。次々と殺傷兵器を作り出して、同じ“種”同士殺し合い、次の世代が住みにくい環境を残す生きもの、、、ほんとに1番利口なのでしょうか?!

植物の生き様の最も美しいと思える点は、その“欲のなさ”である気がします。もちろん、人間以外の動物もそうだとは思うのですが、“敵が来ても逃げられない”というライフスタイルを選択している点で動物に及びもつかない、ほとんど“解脱”に近い気高い生き方を思わせます。

仏教でいうところの「六道輪廻(りくどうりんね)」は、天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道の6つのステージに生まれかわるという概念ですが、どれも動物に関する生まれ変わりです。この六道輪廻の図はチベット密教の寺院に壁画としてよく描かれています。生・老・病・死に苦しむ人間界、争いばかりに明け暮れる修羅界、動物界、いつも飢えている餓鬼の世界、そして業火に焼かれる地獄、、、どれも人間を含む動物の欲の生み出す物語。人間より優れた存在である天人の世界(天道)も、煩悩から解放された境地ではありません。それら6つの界から完全に抜け出た境地が「悟り」というわけです。(あ、これはあくまで門外漢の私の私感です。)

悟りの世界には、どんなものがあるのかな、とよく思います。色とりどりの花が咲き乱れ、蒼々と木が茂るところではないでしょうか。そう、きっと我々の周りに息づいている草花や樹木たちは、全てを悟った良き魂の化身なのだと思います。いつか彼らに習いたい。

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阪口泉の「カジュに集う鳥たち」

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カジュ通信の手描き人気連載「カジュに集う鳥たち」、待望のデータ化です。
日本野鳥の会メンバーの阪口泉さんの、素敵な鳥観察。

アオバト

アオサギ

エナガ

ハクチョウ

ホオジロ

ホトトギス

イカル

イソヒヨドリ

ジョウビタキ

カモ

カラス

カワセミ

コジュケイ

モズ

ムクドリ01

ムクドリ02

オシドリ

シジュウカラ

トンビ

ツバメ

ウグイス

ウソ

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しあわせのパッチワーク

カジュ通信2011年早春号 より

年末からタチの悪い貧血になってしまい、ただ今、鉄づくしの治療中。文字通り、“血の巡り”が悪いので、体が思うように動かないだけでなく、頭の回転もすこぶる鈍い。鈍くなるだけでなく、思考がポジティブにならない。これはいかん!なので、この場を借りまして、今回は、幸せな気持ちにしてくれる「私の小さな幸せの素」、じっくり書いてみたいと思います。

記録的乾燥気候で、毎日美しい富士山。美しくて思わず合掌。去年散ったカエデの葉が庭にジュータンのようになっていて、それはそれはきれいで幸せ。織機にかかっている生徒さんたちの織りかけの布たち、できあがった土岐とは一味ちがう“進行形の美しさ”が見ているだけで幸せ。仕事場にあるアラジンストーブの上で、ヤカンにお湯が沸いている様が幸せ。電気カーペットにうつ伏せで大の字で寝そべるの、幸せ。久々に海に行って、古いガラスびんが珍しく拾えて、かなり幸せ。親しい友だちに、赤ちゃん生まれて、うれしい。父の背広、心ある布の作家さんに、素材として引き取ってもらえて、ほんとうに幸せ。母の洋裁の端ギレは地元の作業所に生かしてもらえることになって、これも大そう幸せ。

両親が50年前、新婚時代になけなしのお金で、はじめてした買い物“真空管のステレオ・レコードプレーヤー”、地元の伝手で修理できるかもしれないことがわかって、とっても幸せ。体の調子が悪いと知った友人たちが、とっかえひっかえ届けてくれる、おでん、スープ、カレー、シチュー、バニラのキャラメルロールケーキ、ゴディバのチョコ、珍しい薬草のお茶、穀類、、、、嗚呼、極幸。雑草のない庭、最近はじめて食べた桃屋の食べるラー油、塩昆布と白菜漬けでお茶漬け、真夜中のamazonショッピング、朝風呂、和食の朝ごはん、サッカー勝った、ジョニー・デップはやっぱりかっこいい、静雨庵のミソネギラーメン、ベルグフェルドのシュークリーム、バーンウエンターのグリーンカレー、‘イケメン’ジェームス・フランコはマイブーム、荏柄天神の梅咲いた、シュロの葉で染まったやさしい黄色、スオウの朱色、エースコックのはるさめスープ、湯たんぽ仕込んだ布団、麻心のシラス定食、「風をつかまえた少年」いい本だった、伯母の手作りケーキ、日が長くなった、路地フェスタの準備が始まって、メンバーたちと再会、抹茶ラテ、時々カジュでちびっこたちと��るyoutubeのドリフ大爆笑、仕事のアイディアノートに貼ってあった、幼い頃の息子の写真。、、、、そう、みんな幸せ。

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涼子の "これが私の生きる道 "

カジュ通信2011年 夏号 ~ノーテンキ通信~

 涼子のノーテンキ通信(こども造形教室・荒木涼子)

「アンタは大体思い通り生きてるでしょ?」突然、母にそう言われました。

思い通り、、、?いや。思い通りではないぞ。20代後半まで、本気でビルを建てたいと思っていたし。(建築家になりたいとかいうことではなく、『涼子ビルディング』とか、そんなのを建てたいと、、、)叶わなかったことは山ほどある。

でも不思議、「思い通りにいかない」と思ったことがない。つまり大した「思い」がないということだ。夢をみるのは好きなのに、きっといつも「思って」ない。涼子ビルディングだって、本気のつもりだったけど、夢をみて幸せで、思っていなかった。だから通れなくたって、どうということもなかった。なんとも欲のない、小さな人間なのかしら。

♪生まれたからには生きてやる♪中学生の時よく聴いていた曲。「思い通りに生きてやる」は、かっこいい。けど、意外と、「生きてやる」だけでも大仕事で、面白くて、辛くて、ワクワクして、ドキドキして、、、結構充分だ。

夏。生きてやる!!たくさんの通りを通って生きてやる!

こども造形教室・荒木涼子)2012年春、新装再オープン!

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夏の仕事

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カジュ通信2011年夏号 より

気がつけば、今年も半分以上が過ぎて、暑い夏がやってきました。今年は“節電”という大きな課題を背負った夏ですが、掲げられるいろいろなアイディアは、何も今年に限って実践しなければならないことではないですね。そう、ちょっと前まではエアコンの代わりにあたり前に行われた暑さ対策は、これを期にずっと続けてゆきたいと思います。

日本の暮らしは、本来、“面倒くさがり”には務まらないものなのだということは、ここ15年をカジュで過ごしてみて身に染みて感じています。手間を惜しんでいては、快適でないし、時には、病気などを引き起こして命に関わることも。そうそう、昔の手紙の冒頭の挨拶に「つつがなくお過ごしでしょうか。」というのがありましたが、これはツツガムシという伝染病を媒介する虫のことで、東北の河川域などによく発生して人々を苦しめていたそうです。手入れを怠ると、そんな虫は大量発生する、カビははえる、モノは腐る、、、日本で特に夏に“スローライフ”を実践しようと思うと、毎日はスローどころの話ではありません。(笑)

でも昔の日本人はすごかった。そんな手間ヒマを、“楽しむ”余裕を持っていたように思います。カジュには、萩戸(はぎど=風が通るように作られた夏のふすま)が10枚以上残っていて、今はふすまを全部コレに変えているのですが、これが見た目にも、実用面でも、すこぶる具合が良いのです。葦簀(よしず=こんな難しい時だったんですね)、簀垂れ(すだれ)、うちわ、打ち水、そして風鈴。昔は見た人が涼しい気持ちになれるように女性は、着る浴衣や着物の色を吟味したと聞いたことがあります。自分じゃなくて人のため。カッコイイ。

震災に遭われた方々の記事をよく新聞でみますが、どの写真も笑顔、しかも底から輝くような笑顔なのには、ほんとうに心打たれます。どんなに苦しくても楽しみを見い出す力、まさに、伝統の気質。被災者の人にできるなら、私たちに取り戻せないはずはない!おう!

日本語の「働く」はもともと「はた=傍」「らく=楽」が語源だったそうです。身近な人を快適にしてあげる、そんな気持ちで、楽しい節電ができたらいいですね。一応、アーティストの端くれ、何か楽し〜い涼のアイディアを考えながら、夏、働きます。


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