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身につくということ

カジュ通信2005年秋冬号より

小さい頃、竹馬遊びがはやりまして、みんなに遅れをとるまいと、毎日毎日練習した思い出があります。
お陰で、今でも竹馬は得意です。片足ケンケンもできちゃうし、四羽の白鳥も踊れちゃいます。
ずっと竹馬なんて乗っていなかったのですが、最近あるところで見つけて乗ってみたらちゃんと乗れました。

自転車もそうですが、ある時集中して体に覚えこませたことは生涯忘れないものですね。逆に体に覚えさせることは、いくら頭で考えて攻略しようと思ってもまず身につきません。
そう、この「身につく」という感覚、私の中で今ちょっとしたキーワードになっています。

すてきな手作りのお箸とお弁当箱を作っている井上洋子さん。よく私と長電話しているとき「シャカ、シャカ、シャカ、、、」と音がします。話ながら、箸をヤスリで削っているんです。
そういう私も気がつくとマメむいていたり、織り上げた布の端の始末をしていたり、、、。この“ながら“時間が至福の時なんですよ。
洋子さん曰く、「手仕事は心が自由。」、、、なるほど、ほんとうにそうだ。
織り機に座ってパタパタやってるときなんて心はそれこそ、「旅行中」。晩のおかず(これは最近、、、)考えたり、映画の中に入り込んだり、好きな人のこと考えたり、ちがう自分を作り上げてみたり、、、。そんな空想にどっぷり浸りきる。

昔は「仕事」といえば、こうした体に覚えさせるような種類のものが多かったような気がします。
親や師から受け継いで、繰り返し練習してその技が「身についた」時、心は限りなく自由に開放される。例え一日中、その仕事に従事していても、心を奪われることはないのです。
だからこそ、昔は、仕事場に歌があったのだと思います。働く人々は、野良で、山で、海で、そして厨(くりや)で、みんな歌を歌っていました。(仕事歌)

現代の仕事は、頭が仕事に支配される種類のものが多いので、心にストレスがたまってしまうのもうなずけます。(まあ、そんな仕事も、続けているうちに少しずつ楽になってくるのは、操作や作業が「身について」くるからですよね。)でも、今どの企業でも、職場で歌が歌えるところはありません。歌ってはかどる仕事ではないからです。そう、そんなことをしたら「気をとられる」。

となりにいた年配の家政婦さんが、草むしりをしていたのを思い出すにつけ、その仕事の仕上がりのよさに感動したものです。
仕事に手順が身についているから短時間でなめるようにきれいになっちゃう。あんな身についた仕事、身につけたい!
それには日々淡々と繰り返すことが大事なのでしょうね。この秋は、ずいぶん糸を紡ぎました。糸車を踏む仕事は、単調なリズムに身をまかせる、そう、私にとって大切な、数少ない「身についた」仕事です。
この仕事、私を幸せにしてくれます。

たなか牧子

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