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2007年11月

トラーべ・アート・フェスティバル、箱膳で‘日本’を堪能

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10月26日は「鎌倉遊山」の予定でしたが、雨天中止。
私も楽しみにしていたのに、残念!しかし、元々お昼にカジュ・アート・スペースにて予定していた「箱膳」による昼食会は、せっかくなので行うことにし、雨の中ありがたいことに、ドイツ人のアーティストと日本人の参加者、併せて約20名の方々にご参加いただきました。

会のはじめにまず、箱膳で食事をいただく場合の作法について、また箱膳にまつわる四方山話について説明させていただきました。説明して改めて思うのですが、箱膳は、「無駄にしない」、「小さな空間を有効に使う」という、実に日本人の美学が詰まった道具ですね。

つまり箱膳で食事を行う場合、食事をした後、食器に付いた滓を白湯とお漬物で洗い流して飲み干すので、料理を余すことなく、隅から隅までいただくことになります。さらに、この作法により食器の洗浄の手間が省け、水と石けん(洗剤)を使う量が少なくて済みます。また、箱膳という道具があれば、持ち運び可能なこの道具で食事と食器の管理が可能となり、家の中に食器棚もテーブルも必要とせず、家の中どこでも食事の場所とすることができます(だからといって多くの人は食事場所を決めるでしょうが…)。

そしてひととおり説明した後、みんなでお昼ごはん。 ‘日本’と‘鎌倉’を表現した料理にしようということで、一汁三菜の精進料理。
献立は、芋ごはん/けんちん汁(マキコ風)/茄子の煮浸し/ほうれん草のピーナッツ和え/ひじき/たくわん、という6品でした。この献立は、たくわん以外は全てたなか牧子さんの「作品」です。箱膳以前に、とてもうまかったです。

ドイツの方々も、おいしそうに、そして興味津々と、食事をいただいておりました。「鎌倉遊山!」は残念でしたが、秋雨の降りしきる中、かえってゆっくりと日本の食文化を堪能していただけたのではないかと思います。

日高 保 (建築家)

 

※この記事は、10月16日から28日にカジュ・アート・スペースを中心に鎌倉市内20ヵ所を中継しておこなわれたアート・シンポジウム「トラーべ・アート・フェスティバル2007 in 鎌倉」についてカジュ通信2007秋冬号への寄稿です。

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トラーベ・アート・フェスティバルの裏話

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去る10月16日~28日、日本とドイツのアーティストたちが鎌倉各所で共演しました。
カジュからドイツへつながった、アートの輪…お楽しみいただけましたか?

参加アーティストはあらゆるジャンル、日本とドイツ合わせて約40名。
運営は、日本のアーティスト+スタッフ。ぜーーんぶ、誰かの無償の働きによるものでした。

そんなイベントの後には、いい思い出と いい裏話が残るものです。あのねあのね・・・

 * * * * * * * * * *

■■ 1178通■■
企画・運営のやりとりはすべてメーリングリストにて。
なんと1000通を越えるメールが発信されていました。
未読メールの山に泣くゴメン発言が、よく会話の冒頭に…。
日・英・独 言語、混在のコミュニケーションには、
翻訳家の大坂さん+任意の翻訳スタッフが大活躍!

■■ ワンディッシュ■■
日々、有志の皆さんから、数十人分のお料理が。
大皿料理ってステキ…
私はこっそり、添えられたレシピカードでお勉強。
パーティではそんなお料理たちが、
見事に調和・共演しちゃうのでした。

■■ 禅■■
禅のパフォーマンスをする独アーティストから
「A drift between the earth and sky・・・の原文を知りたい」
というメールが。"禅僧による辞世の句"(11句)、らしい。
…えええええ?
ぜんぶ探し出しちゃったのはスタッフの小柳さん。
「春屋 宗園  天地を蹈飜し、東を喚んで西と作す、・・・」
徐々に解明されていく様子に、みんな釘付けでした。

■■ 育ったエコバッグ■■
展示やパフォーマンスを観た記念に、アーティストがサインをしてくれるオリジナルエコバッグ。
育ちました。ナイス企画でした!

■■ 広告■■
スポンサーさまの広告、店名と住所だけじゃあ、味気ない。
イワタさんは壁の飾り枠を模したデザインにしてみよう、
書体は写真をなぞって作って、看板の黄色と茶色で…
鎌倉のお店はブログにたくさん載ってます。
観光客が撮った写真が制作の参考になって、助かりました~

■■ 号泣合唱■■
ドイツ人アーティストたち10数人が帰る日のこと。
お別れは平日の朝、通勤客いっぱいの鎌倉駅ホーム。
みんな号泣!そしていつもの…合唱が始まった…
(彼らは節目節目に、混声合唱をプレゼントしてくれました)
発車が2分ほど遅れたそうです。

* * * * * * * * * *

西御門のボランティアスタッフ藤田朝美
連絡先はこちら
※お店のカード、DM、ご家族の年賀状など…おつくりします。無償!

※この記事は、10月16日から28日にカジュ・アート・スペースを中心に鎌倉市内20ヵ所を中継しておこなわれたアート・シンポジウム「トラーべ・アート・フェスティバル2007 in 鎌倉」についてカジュ通信2007秋冬号への寄稿です。

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トラーべ・アート・フェスティバル、『SMALL展』について

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トラーベアートフェスティバルに参加するにあたり、僕のアトリエでは『SMALL展』を開催した。

これは日本とドイツそれぞれの参加アーティストに手のひらサイズの小さな花器を制作してもらい、その器に僕が花活けで絡むというもの。
加えて僕が器を見て感じた印象を散文にしてそれぞれの作品の横にも展示した。

と、表向きはそういったコンセプトなのだが、裏テーマは花のプロレスということでもある。

花のプロレスとは何かと言う前に本来のプロレスについて簡単に説明しよう。
プロレスの試合は常に攻め手と受け手がいる。一方が攻めている時は、もう一方はそれを甘んじて受ける。両者の立場は一つの試合の中で入れ替わり、時間内にそれぞれの持ち味(必殺技)をいかんなく発揮する。どちらかが攻めっぱなしでも受けっぱなしでも試合として美しくない。両者の攻守のバランスとメリハリが観るものに好勝負としてうつるどうかのバロメーターになるとも言える。プロレスとはそのような目に見えない究極のバランス関係の上に成り立っているのだ。

話を元に戻すが、いつも僕は花活けをする際に、このプロレス哲学をそのまま花と器になぞって考えているのだ。花が突出しすぎても器だけが目立ちすぎるような花活けでもよくない。花と器がそれぞれの魅力や役割を相殺せず、バランスとメリハリをもって活け上げれた時にはじめていい花活け(試合)になる。このように僕の花活け論とプロレス哲学は見事に一致するのだ。しかしながら、カミさんも含め周りの人たちには、この考えについてなかなか理解を得られないでいるのが現実である。

今回の展示に際し、僕は日独合わせて20個の器に花活けした。
いわゆる日本人レスラーと外国人レスラー合わせて20人と、20対1の変則マッチを行ったようなものである。それぞれの器は、素材も形も様々だった。未知の強豪だらけと言っても過言ではないだろう。異種格闘技戦とも言える。
全20試合を終えた時、僕は勝敗を度外視し、おおきな喜びを感じた。どの花活けもとてつもなく楽しかったのだ。プロレスの試合でも、選手同士が熱い闘いを終えた後に両者にしかわからない連帯感やリスペクトを感じるという。まさにそんな気持ちである。

どのファイターも印象深かった。ひとりとして同じキャラクターはいない。本来、印象に残る試合(花活け)なんて一年のうちそんなに何度も経験できるはずのものではないのに、いっぺんに20人ものすばらしいファイターと闘えたのである。こんなことは初めてかもしれない。もう引退しても良いと思えるほどに燃え尽きた…ぐらいの気持ちである。

今回のイベントでそんなすばらしい出会いができたことに感謝したい。
皆さんほんとにありがとう。
そして、あなたたちは立派なプロレスラーですよぉ~!!!!!

By CHAJIN (フラワーアーティスト)

※この記事は、10月16日から28日にカジュ・アート・スペースを中心に鎌倉市内20ヵ所を中継しておこなわれたアート・シンポジウム「トラーべ・アート・フェスティバル2007 in 鎌倉」についてカジュ通信2007秋冬号への寄稿です。

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涼子の、ノーテンキ星に願いを。

カジュ通信2007年夏号 ~ノーテンキ通信~
 

 

毎年七夕には、玄関先に笹飾りを立てます。

今年も近所の子供たちと短冊を書きました。「具体的な願いの方が叶うよ」とアドバイスしておきながら、今年も私は世間体を気にして、「元気で過ごせますように」。
思えば子供の頃から周りの目を意識して「犬が飼えますように」など、無難なこと書いてた、、、今も昔も所詮つまらない人間です。

そんなつまらない私の適当なアドバイスを素直に聞き入れた子供たち、「M.K(好きな男子)とイトーヨーカドーに行けますように」「ころころコミックスの読者プレゼント当たりますように」、、、

どうかおりひめさまひこぼしさま、夏の神様、子供たちの願いを叶えてやってください。

そして子供たちに便乗してたくさんの短冊を書いたうちの父の願いも、、、1コだけ叶えてやってください。「四方八方みんな元気に暮らせますように」。私のつまらぬ願いと内容は変わりませんが、3年前に死んだ愛犬・モモの絵が描かれていました、天使の輪をのせて、、、四方八方というのも大胆でかっこいいので、どうか神様、よろしくお願いします!!、、、

他の短冊は「弱いものいじめするな」「みちこ(母の名)さんごはんできましたよ」。不条理ギャグなのか、それともこれが本当の願いなのか、、、謎多き父です。

こども造形教室講師 古市涼子

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表裏一体

カジュ通信2007年夏号より

 

去年の夏号の編集時もそうでした。
そう、まだ梅雨が明けません。
でもこのところめっきり夏めいてこの号が出回るころは、夏本番でしょう。でも、夏を楽しむのは本来7月で、8月は、夏を惜しみつつ楽しむ月ではないかと思います。蓮の花が、そろそろ終わり、8月6日、9日で、戦争の悲劇を思い起こし、8月15日、終戦を掘り起こして送り火でその魂を海に返す、、、そんなことを毎年感じるので、8月は、ちょっと浮かれっぱなしの心に風の吹く月なのです。そんなわけで夏号はいつもちょこっと戦争のことを書くことにしています。

最近たて続けに、古代もの、ファンタジーものの「戦記」をビデオでじっくり見ました。「トロイ」、「ロード オブ ザ リング」、「グラディエーター」、「スパルタカス」、「アレクサンダー」、、、。戦いがあるのはあたり前の時代。戦う理由は、国を強くし、民を豊かにする、、、実に明快。ま、ある王さまのとっても身勝手な権力欲に従わなければならなかった、、、というのもありますが。家族を守るために戦う、そのために命をかけるのが男である、勇敢であることが何よりの誉れ。、、、これが戦争の困った美学、ちきしょう、かっこいい。

誤解を恐れず、敢えて言えば、この「かっこいい」戦争美学が生き生きしていたころの法が、その対極にある母性もまた今の時代など及ばない強さがあったのではないでしょうか。ですから、戦争と平和は、男と女が存在するがごとくお互いが必要としあって存在するものなのかもしれません。

戦争をなくすことはこれからどんなに知恵を絞ったとしても無理な気がします。

第一次世界大戦以降の戦争は、それまでの戦争とは何かがちがってしまいました。愛する者を守る、などという規模からはとんでもなくかけ離れ大量殺りく兵器が戦争を行うようになりました。もはや、勇者の美学はありません。それで戦ってる人、悪いけど、ちっともかっこよくありません。武器産業が国の経済を支えるので、どこかで戦争が続いてくれることを願っている、(自分は兵ではない)人がいるのも、最近のことではないですか?

自分の死を越えて名誉に生きる、残されるものの安全のために命をかける、、、聞こえはよろしい。でももはやその美学は、古い戦記ものに閉じこめるべきです。あこがれても、戦争を正当化するスローガンにはもう、使えません。アキレスが、ヘクトルがアレキサンドロスが現代に蘇ったとして、果たして、一度使ったら、取り返しのつかない環境破壊がおこり、その影響が孫の代まで残るような兵器を、彼らは使ったでしょうか、、、使ったかナ、もしかしたら。平和に感謝。

たなか牧子(カジュ・アート・スペース主宰)

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