トラーべ・アート・フェスティバル、『SMALL展』について

トラーベアートフェスティバルに参加するにあたり、僕のアトリエでは『SMALL展』を開催した。
これは日本とドイツそれぞれの参加アーティストに手のひらサイズの小さな花器を制作してもらい、その器に僕が花活けで絡むというもの。
加えて僕が器を見て感じた印象を散文にしてそれぞれの作品の横にも展示した。
と、表向きはそういったコンセプトなのだが、裏テーマは花のプロレスということでもある。
花のプロレスとは何かと言う前に本来のプロレスについて簡単に説明しよう。
プロレスの試合は常に攻め手と受け手がいる。一方が攻めている時は、もう一方はそれを甘んじて受ける。両者の立場は一つの試合の中で入れ替わり、時間内にそれぞれの持ち味(必殺技)をいかんなく発揮する。どちらかが攻めっぱなしでも受けっぱなしでも試合として美しくない。両者の攻守のバランスとメリハリが観るものに好勝負としてうつるどうかのバロメーターになるとも言える。プロレスとはそのような目に見えない究極のバランス関係の上に成り立っているのだ。
話を元に戻すが、いつも僕は花活けをする際に、このプロレス哲学をそのまま花と器になぞって考えているのだ。花が突出しすぎても器だけが目立ちすぎるような花活けでもよくない。花と器がそれぞれの魅力や役割を相殺せず、バランスとメリハリをもって活け上げれた時にはじめていい花活け(試合)になる。このように僕の花活け論とプロレス哲学は見事に一致するのだ。しかしながら、カミさんも含め周りの人たちには、この考えについてなかなか理解を得られないでいるのが現実である。
今回の展示に際し、僕は日独合わせて20個の器に花活けした。
いわゆる日本人レスラーと外国人レスラー合わせて20人と、20対1の変則マッチを行ったようなものである。それぞれの器は、素材も形も様々だった。未知の強豪だらけと言っても過言ではないだろう。異種格闘技戦とも言える。
全20試合を終えた時、僕は勝敗を度外視し、おおきな喜びを感じた。どの花活けもとてつもなく楽しかったのだ。プロレスの試合でも、選手同士が熱い闘いを終えた後に両者にしかわからない連帯感やリスペクトを感じるという。まさにそんな気持ちである。
どのファイターも印象深かった。ひとりとして同じキャラクターはいない。本来、印象に残る試合(花活け)なんて一年のうちそんなに何度も経験できるはずのものではないのに、いっぺんに20人ものすばらしいファイターと闘えたのである。こんなことは初めてかもしれない。もう引退しても良いと思えるほどに燃え尽きた…ぐらいの気持ちである。
今回のイベントでそんなすばらしい出会いができたことに感謝したい。
皆さんほんとにありがとう。
そして、あなたたちは立派なプロレスラーですよぉ~!!!!!
By CHAJIN (フラワーアーティスト)
※この記事は、10月16日から28日にカジュ・アート・スペースを中心に鎌倉市内20ヵ所を中継しておこなわれたアート・シンポジウム「トラーべ・アート・フェスティバル2007 in 鎌倉」についてカジュ通信2007秋冬号への寄稿です。





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