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2007年12月

未開封の思い

カジュ通信2007年・秋冬号より



夏の暑さもまだ記憶に新しいのに、気がつけば、年の瀬の声も聞かれる季節となりました。この数ヶ月は、ドイツ人アーティストを招いてのアートシンポ、「トラーベ・アート・フェスティバル」の準備に身を投じていたので、彼らとともに秋はやってきて、彼らとともに秋は去った、という感じです。華やかで、騒々しくて、楽しい秋でした。皆さん、ほんとうにありがとう!

このような非営利の活動にエネルギーを注いでいて思うのは、生きていく上での「ものごとの優先順位」です。
私事ですが、この準備の期間中、母が大病を再発し、その入院・介護などの一連の手続きと、はるばるドイツからやってくる友人たちのためのコーディネート、日々の経営、家事の間で、お金のやりくり、時間のやりくり、そして気持ちのやりくりに追いまくられることになりました。息子にも淋しい思いをさせたと思います。

「私、なんでこんなことしているのかしら!」と叫びたくなる瞬間も一度二度ではなく、家族が病気で苦しい思いをしている時にアートはほんとうに必要なのかと、自分の仕事に対する信念が根こそぎ揺らぐ思いで、しかも、その仕事は、誰かに押しつけられたものではなく、全て、自分の意志でスタートし、成り立っているのですから、罪の意識は、なおさら。別にそれで家族が私を責めるということはなかったのですが、無言のプレッシャーと、母に対する自責の念で、意識が遠くなることも、、、。そうさ、アートなんてなくても人は生きていけるさ!まったくもう。

それでも、私にできることは、これしかないので、何か、私が全てを賭けている“アート”という仕事でできないかと考えてたら、画家である母の作品展を、仲間の理解を得て、「トラーベ」の一環で実現させることができました。自宅療養中の母がなんとか歩いてこられる距離のカフェでの展示だったのですが、結局母は来られず、父にさえ、見てもらうことは叶いませんでした。
家族にさえ届かない私の仕事は、果たして、他人を元気にしたり、癒したりすることができたのでしょうか。この思いは、今、私の心を大きくとらえて離しません。

どのものごとを、人生の優先順位の上に置くかは、生き方を問う問題です。ドイツ人たちが帰国したあと、様々にメールをよこしてくれるのですが、口々に「日本のみなさんはほんとうに親切で、公共の場での、あの親切は、ヨーロッパ人にはない」と言ってくれます。うれしいですね。ですが、日本人の公共の場における過剰なまでのサービスの裏で犠牲になっているのは、家族や自分自身の私生活です。一家5人でやってきたドイツ人アーティストの家族を見ていて、その“家族運営”のプライオリティの高さは、まぶしいほど美しかった。夫婦が、お互いに、それぞれが大事にしているものを心から理解し合っている様を見て、少々公共サービスが無愛想でもよろしいのではないかと思ってしまいました。

この優先順位の問題は、私が一生背負わなければならない十字架です。アートという、お金ではかれないツールで、私はこれからも人に何かを投げかけて生きていきます。そして、それが、家族にもいつか届くことを祈りながら、優先順位を考え続けてゆくでしょう。


※このメッセージを書いて一月後、母は他界いたしました。生前のみなさまのご親切に、心からお礼申し上げます。

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涼子の、祝言でござる。

カジュ通信2007年秋冬号 ~ノーテンキ通信~


いきなりですが、今日は結婚式なんです。
私の結婚式です。
今、お化粧してもらったところです、着物を着ちゃうと動けないので、今のうちに書いてます、、、すごい状況です。あと1時間したら神社へ行きます。ダンナさんは紋付袴の七三分け、古式ゆかしいスタイルです。誓いのことば、間違えないか不安です、七五三の子供に千歳飴くっつけられないかハラハラします、、、母が私と同じ化粧をしてもらっているのが納得いかない感じです、ちょっと少女のようにはにかんでいて気になります。家族みんなが変なテンションです。でも、ちょっといいな、と思います。みんなが集まるために催す会なんだなあと思いました。ああ、なんだか毒舌が出てきません、今日は私、いい子です。

では、いって参ります、契り結んできまーす。

※この記事は、涼子先生の11月17日の結婚式当日に、本当に書かれたものです。



こども造形教室講師 古市涼子

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リズム

私のたちの身体の中には、さまざまなリズムがあります。 日が昇って働き、日が落ちて休む。一日のリズム。 1週間、1ヶ月、そして春夏秋冬1年のリズム。身体はいろいろなリズムを持って動いています。

息を吸い、息を吐く。こんな単純なリズムも、乱れた途端に私たちの身体は上手く動かなくなってしまいます。いろいろなリズムが乱れが、身体や心の不調となって出てくるのです。

一日のリズム(サーカディアンリズム)はとても大切。ですが、世の中、便利になって夜でも電気を点ければ明るい。ただ、このメ明るさモは、身体にとって昼間だという合図に。身体の中は活動出来るように状態を整える。だから、さて、眠ろうと思ってもなかなか眠れない。気、テレビ、パソコン、夜でも強い光を発するものが本当に多い。音もしかり。大きな音で音楽を聞いていると、やはり身体は昼間だと思ってしまう。音は昼、静寂は夜の合図。

夜は必要以上に明るくしない。我が家はキャンドルをよく使います。テレビはあまりつけません。パソコンも夕方、仕事が終わると同時に終了!本を読む時だけ、スポット点灯。音はあったとしても小さく。 お薦めは電気を消してお風呂に入ること。本当に休まります。 お気に入りの精油(アロマオイル)を3滴ほど。温かな
香りが心にしみ入り、心地よい眠りへいざなってくれます。

健康のこと研究所 midi(ミディ)主宰 キダジュンコ

(カジュ通信2007秋冬号より)

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 我が心の「トラーベ・アート・フェスティバル2007 in 鎌倉」後記    

2005年の夏は、私にとって忘れがたい人生の宝になった。北ドイツで行われたトラーベ・アート・フェスティバル2005。カジュ・アート・スペースにゆかりのアーティスト7人、神奈川県藤野のミュージシャンが2名、ハンブルグ在住の日本人アーティスト数名と、ドイツ人アーティストたち、合わせて総勢30名が参加した18日間のアートシンポジウムだった。

コミュニケーションのトラブルや習慣の違いによる心の摩擦を私たちは"よじのぼるように"乗り越え、
アートというツールの可能性を探る、とても深くて濃い時間だった。

それを受けて、その後一年半準備して取り組んだのが、今回の「トラーベ・アート・フェスティバル2007 in 鎌倉」だった。なんとか、あの18日間への返礼を実現させたい、そして新たな地元メンバーを加えてまた、ナマの、地方都市のアートシーンを見てもらえる機会を持ちたいと思っての企画だった。

子どもを含めて来日したドイツ人は17名。ぎりぎりまでホームステイのアテンドが決まらず、やきもきしたもの、今となればいい思い出。それぞれのホストファミリーが、迎えた独アーティストたちと、実に楽しそうにいい人間関係を築いてくれたことが、何よりうれしかった。

来日アーティストたちの実に自立したポジティブな行動も、私たちには印象深く、誰に指示されるのを待つでもなく、どんどん自分たちでできることを見つけて動く様は、日本人がもっと学んでよい点だと思った。予定以外の楽しいハプニングや、ワークショップも実現し、中でも目を見張ったのは、来日の3人の小学生と、地元の子どもたちとの交流だった。まったく言葉が通じない相手と、ここまで気持ちを通わせられる子どもたちの能力を見るにつけ、「外人さんはお断りします」といって憚らなかった、市内の某ホテルの対応の心貧しさが、なんとも腹立たしく、お粗末に思えた。(ホームステイがだめだったときのためのバックアップとして、市内のホテルを調査していたときにあった出来事。)

大勢の人間が何かひとつのことをやり遂げようとする過程には、コミュニケーションの欠落から、様々な誤解やネガティブな空気が生まれやすい。それは、そのミッシングピースを埋める「想像力」が、マイナスの思考に支配されてしまうと起こりやすい。そして、現代の日本人は、その傾向が強いように思う。しかしながら、今回のプロジェクトでは、ポジティブで陽気なドイツ人チームに感化されてか、その想像力がとても、強く、ユーモラスに働いて、ミッシング・ピースは優しさや思いやりで見事に埋まった。これは、この企画に参加した全員の勲章だと思う。

細かい報告については、期間中忙しくて更新がままならなかったホームページに追々記事を追加して
ゆくので、ぜひ覗いていただきたい。また、来春出来上がりを目標に、ドキュメンタリー映画の制作も進んでいるので、引き続きご注目いただければ幸いである。小さな小さな国際交流のアートシンポジウム。ここからまたなにか「次」が生まれることを予感しながら、関わっていただいたすべての方々への感謝の言葉にかえさせていただきたい。

トラーベ・アート・フェスティバル2007 in 鎌倉
実行委員会 委員長  たなか牧子拝

※この記事は、10月16日から28日にカジュ・アート・スペースを中心に鎌倉市内20ヵ所を中継しておこなわれたアート・シンポジウム「トラーべ・アート・フェスティバル2007 in 鎌倉」についてカジュ通信2007秋冬号への寄稿です。

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「ココロとコトバ」〜トラーベ・アート・フェスティバル2007 in 鎌倉に参加して   

Ichdance
Thomaspoem




「トラーベ・アート・フェスティバル2007 in 鎌倉」開幕後、パフォーマンスチームが初めて集まったのは
鎌倉宮で行なわれたオープニングパーティだった。
パフォーマンス機材をセットする中、初めて出会った日独アーティストの子ども達は、しばらく無言で知らんぷりし合ったあと、いっせいに部屋の隅の座布団の山に突撃、登ってはころがり落ち、くすぐりあい、だきあって、けらけら笑っていた。言葉が通じないからか、笑う以外は全く無言であそんでいた。
その傍ら、大人達は、それぞれの言葉で、歌い、語り、弾き、踊り、お笑いに身体を張り、その空気でお互いを知った。

 

別の日(10/21)、私達日本パフォーマンスチームは盆踊りのようなストリートパフォーマンスを企画し、
それは天気にも恵まれた日曜日に鎌倉裏駅時計台広場で行なわれた。ジャカナカムビラサークルのムビラ演奏、タップワークショップ参加者によるタップショウ、KYOUシンセ演奏、のむらあずさ帽子ショウ等、盛りだくさんな内容。私は、1年前に牧子さんから聞いた、音のおもしろいドイツ語詩がずっと気になっていて、その発案からひとつパフォーマンスをつくり、当日参加者も含むリズムパフォーマンスができた。

『 Ich!(イッヒ)』 ※トーマス・ハーゲルスタイン/作  (※同じく今回の参加アーティスト)

自閉的な偉大なる自己の詩

 私私私!私私私!ああ私、おお私、おお私、やー私、

 私私私!私私私!  私達?!”

きちんと自閉したたくさんの自己が手をつないでみると、おもしろいんだな。
コトバがほとんど通じないまま、おいしいものの匂いをかぐような方法で、私達はココロを通わせた。


娘は、あんなにふざけ合いながら名前しか伝え合っていない友へ、「元気かな〜」とおもいを飛ばしている。

伊藤夏子(タップダンサー)

※この記事は、10月16日から28日にカジュ・アート・スペースを中心に鎌倉市内20ヵ所を中継しておこなわれたアート・シンポジウム「トラーべ・アート・フェスティバル2007 in 鎌倉」についてカジュ通信2007秋冬号への寄稿です。

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