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2008年3月

涼子の "挑戦、ザ・ハネムーン"

カジュ通信2008年新春号 ~ノーテンキ通信~


生まれて初めて海外に行きました。
蜜月旅行でバリ島へ。ああ痒い、、、掻きます、いや、書きます。

私、「初めて」が嫌いです。
挑戦は苦手な平和主義者です。体育が嫌いでした。「跳んでみろ」「回ってみろ」・・・「やってみろ」の連続。海外旅行も体育に近い。「飛んでみろ」「周ってみろ」加えて、「食ってみろ」 「触ってみろ」。
ダンナ様が気を遣って企画したこのハネムーン、ガイドも通訳もみんなダンナ様。妻はせめて楽しまなくちゃ失格です。だから臭いもの、辛いもの、不明なもの、なんでも食べました。トラ、ヘビ、コウモリ、、、なんでも触りました。「挑戦」したのです。

現地の人々はみな日本語を喋ります。
「コレ500エン、ヤスイヨ!ドンダケ〜オッパッピー!!」私にはすごいチャレンジャーに見えます、だってしかめっ面の私のような日本人に話しかけて、物を売りつけようとするのですから。

別の人に、「犬、食べるか?」と聞かれたので、「犬は食べない、犬はペット」と答えると、「キャット?あれはストロングね!」と言っていました。犬も猫も食べ物のようです。「牛の方がおいしいよ」と言っておきました。精一杯の攻撃です。猫パンチ程の威力もありませんでしたが、、、。

体育同様、海外旅行の成績も「2」かなあ。「3」に上がる為に、あともう2カ国ぐらい行ってみたい、、、かなあ。

 「行きたい!」って気持ちが湧いたら、私もチャレンジャーソルジャーの仲間入りできるかしら、、、やはりしばらく平和主義者でいきそうです。

こども造形教室講師 古市涼子

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"40"



気がつけば、カジュ通信もこの号で40号目です。
1年4冊、1周年記念からはじめましたから、ちょうど書き始めて10年が経ちました。ご協力くださったみなさん、ほんとうにありがとうございます。大したことはない小さな仕事でも、続けていると、それなりにつかめるものがあったり、見えてくるものがあったりして、結構楽しいものです。“
糸を売る”で「続く」。これからも淡々と日々を綴ってゆくことにいたしましょう。

昨年の秋から冬にかけては、少々痛い試練がありまして、自分が続けてきた“アート“という仕事の価値を根底から疑うことになったのですが、そんなことをあちこちに書いたら、各方面から、はげましだの、おしかりだののお便りを多数いただきました。愛のムチ、感謝。

 「仕事」には、食うために行う“稼ぐ“仕事だけでなく、自分が自分であるために必要な行いとしての仕事があると思います。
誰かの母であるための“食事のしたく”だったり、誰かの友であるための“手紙を書く”という行為だったり、心地よい空間を作るための“掃除”であったり、もっと大きく出れば、他人の生活の向上のために“革命を起こす“という行為であったりするわけです。(最近、ひょんなことでエルネスト・チェ・ゲバラの本を何冊か読んで、かなり、彼にハマッておるのですよ。)

功名心や出世欲というものとは全く無縁の、「人のために何かしたいなあ」という衝動が、ひとりよがりにならず、形になったとき、それは、稼ぐ稼げないは別として、りっぱに「仕事」と呼んでよいのだと私は思います。そして、そのような仕事と出会った人間は、もう、その仕事が自分自身と化すのです。

 時に、そうした仕事に身を投じた人間は、家族にとって迷惑な存在になることもあります。(というか大抵はお荷物になる、、、。)ですが、もはや、そんな人間には、その仕事をやめることは不可能です。続ける、それしか道はありません。ただただ、その行為が、いつかどこかで誰かの役に立つことを祈って続けるのみです。

例えば、森を守ろうとする仕事、結果が出るのは、恐らくその仕事を懸命に推しすすめている人が亡くなった後でしょう。お金だって儲からないでしょう。例えば、戦災で傷ついた子どもたちに、絵を描くワークショップをしているプロジェクト(検索“国境無きアーティスト”)結果が出るのは、その子どもたちがおとなになった時でしょう。
逆に言えば、今、私たちが恩恵をうけている様々なよいものは、昔、先人が仕掛けてくれた仕事の結果なのですね。

その仕事にほんとうに価値があれば、情熱と体力がある限り続けさせてもらえるのだと信じたい。そして、その行為がほんとうに大切な身近な人にも伝わると信じたい。そう信じて、織ったり、書いたり、仕掛けたり、楽しくこれからもやってゆきますので、みなさん、よろしくね。Love!

カジュ通信2008年・新春号より


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