2009年カジュ通信 春・初夏号より
僕は物欲の人です。40歳なかばまでの半生で、どれだけ散財してきたことか。 「格好悪い物は死んでも使いたくない」という信条をかたくなに守り抜き、家、車、家電、家具、照明、文具、器、衣服からささいな小物までデザインが優れ、上質と感じた日用品を選び抜いてきました。
そうして好きな物に囲まれた日常はすこぶる快適ですが、現状に満足しているわけではないのです。いまだ、より良い物との出合いを渇望していたりします。
とはいえ、小さな家ですから、物を収めるキャパシティはそれなり。家具や家電などスペースを割く物をこれ以上置く余裕はありません。また、器など小さな物も十分すぎるくらい揃っています。さらに、長く使うことを前提に、飽きにくく、丈夫な物を選んできたため、買い替えたくなる物も皆無。経済状態もありますが、以前のように、やみくもに買い物をすることは無くなりました。
物を増やせない、増やす必要も無い現実を前に、美しい物と出合いたいと願う想いをどう収束させるか、モヤモヤと悩んでいた時、偶然にも「手仕事フォーラム」の存在を知る機会を得ました。鎌倉の工藝店「もやい工藝」店主の久野恵一さんが代表を務め、焼き物、竹や樹皮、ツルを素材とするカゴ(編組品)、ガラス製品、金工品、織物など全国の優れた手仕事を調査、発掘し、手仕事の素晴らしさを伝え、次世代へと継ぐための活動をしている集まりです。
雑誌編集者、セレクトショップのバイヤー、美術大学の教授、弁護士、建築家、大企業の経理マン、商社に勤める人など、職業はさまざまですが、共通して物に高い関心を寄せる人でメンバーは構成されています。毎月、定期的に会合を開き、手仕事の良品をテーマに語り合うひとときは、心躍る発見の連続。とりわけ、久野恵一さんの30年以上にもおよぶ手仕事調査の経験から備わった、物を選ぶ眼の確かさは、ただ憧れ、感服してしまいます。
彼は民藝運動のパイオニアである柳宗悦の考えに共感し、その息子で、東京・駒場の「日本民藝館」館長となった、工業デザイナー柳宗理の眼となり手足となって、東北から沖縄まで各地の優れた手仕事を見出してきた人物。旅を重ねて、海辺や町中、人里離れた山奥や集落にひそむ、高い技術を備えたつくり手を見つけ、現代の暮らし方に合うようリ・デザインを指示、要請。日本民藝館での展示や店での販売を通じ、仕事の存続に尽力してきました。
僕はこの類いまれな眼の持ち主の心をとらえた物たちを見たいがために、10年以上、店に通い続けてきました。そんな尊敬する人物と親交を深める絶好の場になると、嬉々として手仕事フォーラム・メンバーの一員となったのでした。
その後、3年間ほど、久野恵一さんから直接、お話をうかがうことで、彼がどのような視点で物を選んでいるのか、おぼろげながら理解できるようになりました。それは民藝の美のとらえかた。それまで、「ミンゲイ」という言葉は何度も耳にしていたものの、明確に把握していなかった僕は、真剣に語り合うことで、本当の意味を探ることにしました。
その結果、「名も無き工人が庶民のために、使いやすく、求めやすく、長く使えるよう制作した物」「機能性を追求していった末にたまたま美しいかたちを宿した物」など、民藝の物への一般的な解釈は、表面的な部分だけをとらえているのに過ぎないのだとわかりました。誤解や批判を恐れず、極論を言えば、民藝とは柳宗悦、たった一人の美の視点を指すものなのです。「これは美しい!」と柳の眼が感応した物が選ばれ、日本民藝館に収蔵されていったのでした。日本民藝館に実用的とは思えない物、つくり手の名が前に出た作品、貴族の日用品もが混在して展示されているのは、こうした解釈をもとに俯瞰していくと、合点がいくのです。
唯一無二の直観力、美をとらえる超人的な眼を備えていた柳と同じ眼を持つことはできないとしながら、久野恵一さんもまた、自身の眼が感応した物にどうしようもなく惹かれる「業」に従い、生きているのだと想像します。いっさいの妥協もせず、より良い物、美しい物を求め続ける、彼の生き様にふれ、感化され、民藝の美への探究心が芽生えた僕は、ますます美しい物を探っていこうという気概が高まってきています。一度のめりこんだら抜け出せなくなるといわれる「民藝道」に浸かり、物の見方は様変わりしてきました。眼力の変化を素直に感動し、深い世界を覗きこみ、日々、眼を鍛えているところです。
文・写真/クノヤスヒロ
編集者、ライター。葉山在住。手仕事フォーラムの活動は、ホームページで紹介。僕は手仕事良品を紹介する連載記事「kuno×kunoの手仕事良品」を担当しています。「民藝美って何?」とギモンを感じた方はこの記事を読んでいただけたら、わかりやすいと思います。毎月「もやい工藝」(鎌倉市佐助2-1-10)にて、誰でも無料で参加できる学習会を催していますので、興味がありましたら、電話かメールでお問い合わせの上、お気軽にお立寄りください(メールはこちら、電話0467-22-1822)。