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2010年5月

カラリと綴れば 1

カジュ通信2010年春・初夏号 より

  

 アメリカ東部、バージニア州。ワシントンDCの西側のメトロエリア。このあたりには 国内、国際線をあわせて3つ空港があるが、その中でも最大のダレス国際空港から車で20分のところに住んでいる。

  どんなところかと一言で言うならば、鎌倉の道路幅をうーんと広げ片側3車線にし、 家と家、ビルとビルとの間も、広げて広げてカナダの森にあるような木を街路樹に植え、空を見上げれば大空が広がる、太陽が低く昇る、そんなところだ。まだ開発、開発・・・主に道路整備だが、工事があちこちで続く。(というのも、アメリカ人は信号で極力止まりたくないと思っている。そして時速90kで走行するフリーウェイ・・・有料ではなく、信号無しの高速道路の整備に暇がない)。

 4月はこちらも桜の季節だった。このあたりの街路樹の桜は八重桜。ポトマック川のほとりのソメイヨシノは約百年前に日本が贈った。アメリカ人が自ら好んで植えるなら、可憐さより派手さを求めて八重桜を選ぶ。もこもこと桃色の花をつけて3週間ほどで散った。

 初めの頃感じた生活のちょっとした不満は、慣れっこになった。すべて“デザイン不良”に由来すると思っている。音ばかり大きいだけの掃除機、水量の調節がきかない蛇口、水が溜まらないトイレのタンク、形が悪いため一度に流しきれない便器、強風の時はすきま風が入り込むドア、開閉のできない網戸、ひとつひとつ欠点をあげつらっていくと楽しいくらいだ。

 でも、広いから許す。許せないのは、学校でもショッピングモールでもどこのトイレに必ずついているペーパータオルか。だれもハンカチでなんか拭かない。日本人がこちらに住んでどのくらいでハンカチを持つのをやめるだろうか?私はまだバックに必ず入れている。こちらに来て使うバックは1つと決め(忘れ物防止のため)、その中に入れっぱなしというのが正しい。ぜんぜんエコじゃない米国というのは話の種になりそうだ。いつかしてみたい。

 さて、今日は金曜の夜。ナショナルジェオグラフィック・チャンネルでシーザー・ミランの犬番組が放映される日だ。米国でこれほど多くの飼い主が「飼い犬に手を噛まれている」とは知らなかった。困りものの問題犬を、魔法のように手なずけてしまうシーザーは、メキシコから一文無しで20年前に違法入国し、ハリウッドの有名人達が抱える犬の悩みを解決してあげたことから一躍有名になった。

 彼は一言も英語が話せなかったが、夢だけは大きかった。最初はハリウッドで活躍する犬のトレーナーを目指していたが、やがて自分の本当の使命に気づき、今はドッグセラピーをしている。怯える犬、噛みつく犬、外に出たがらない犬。彼に言わせれば犬の問題は飼い主の態度にある、つまりは人間さまの勝手が犬を不幸にしている。だから、犬が犬らしく生活できるようリハビリさせ、飼い主の方もトレーニングする、というのが彼のやり方だ。そして、犬をまさに「猫かわいがり」しようとする飼い主に、時には「今はタッチしちゃだめ」と釘を刺す。今夜はどんな問題犬が登場するのだろう・・・。
私はついつい子育てと重ね合わせて見てしまう。

 それでは、また次回までさようなら。

(流蛍 2009年8月から米国在住 メールはこちら

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「多国籍な暮らし」 ニュージーランド生活(2)

カジュ通信2010年春・初夏号 より



こんにちは。相変わらず、紡いだり染めたりしていますが、ワークビザも取れたので仕事も始めました(言葉の問題を多目に見てもらえそうなお寿司屋さんです)。

日本人は私含め二人だけ、残りは様々なアジアという、多国籍な職場です。考えてみれば、こちらに来る前のNZのイメージは、羊と自然と白人の人たち・・ という感じでしたが、実際に来てみたら、いろいろな国の人がいて驚いたものです。
マオリ、インドやマレーシア、南太平洋の人たち、様々なアジア、アフリカ。中東の人たちもいます。白人でも、生粋のKIWI(NZの人たちは自分たちをそう呼びます)だけでなく、イギリスから来ていたり、オーストラリアからだったりと、 いろいろな国の人がいます。

仕事を始め、いろいろな国の人と接するようになったことと、以前語学学校で出会った人たちのことを考えると、個人の性格というのはもちろんありますが、大きな傾向として「国民的性格」というのもあるなあと思うようになりました。今回はそのお話を少し。

他の国の人と比べると、よく言われるように日本人は「控えめ」な感じがします。和を考える、あまりでしゃばらない、言いかえればまわりの目を気にするというか(自分も含め。)日本にいる時は島だから?と思っていましたが、どうやらそれだけでもないと感じています。韓国の人にも似たものを感じます。儒教の影響なのか なと思ったりもします。中国の人も、ルールに従うという意味では真面目だと思います。愛国心、仲間意識が強いなあと思います。

フィリピンやインドネシアの人たちは、東アジアに比べてどこか明るい感じがします。仕事や勉強も熱心だけど、やっぱり楽しくなきゃね!という感じ。彼らと話していると、もともと根底に「幸せ」があって、何か悲しいことなどがあっても、またそこにいつかは戻るから大丈夫、と思っている感じがします。この感覚、いいな あと思います。

ものごとは、その人の気持ち一つで良くも悪くも取れるのなら、良く取った方がいいと以前から思っていましたが(「なるようにしかならない」のではなく、「なるようになる」)、彼らと会って、もっと強くそう思うようになりました。これはもしかしたら、宗教の影響もあるのかもしれません (フィリピンはカトリック、インドネシアはイスラム教と違いはありますが)。

それから、お客さんとして出会うKIWIは、にこにこしていて楽しそうで、これにも驚きました。もともと、KIWIには感じがいい人が多いなあと思っていましたが、店員とお客さんという立場でもそうだったのには驚きでした。 同じ白人の人でも、全く反応のない人や、笑顔がない人がいると、この人はKIWIじゃないのかなと思ったりしてしまいます。以前習ったイギリス人の語学学校の先生も、KIWIは親切で、フレンドリーだと言ってましたが、この国民性、いいなと思います。
マオリについては、またいずれ詳しく。


 
                          

文 : むかい りえ

去年11月より2年の予定でニュージーランド、北島のウェリントンの在住。たなか牧子造形工房の仲間。義母から習い、欠かせないものになった糸紡ぎのことやNZの生活について書いているブログ「みはるかす」は必見。

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涼子の " 私の戸塚 "

カジュ通信2010年 春・初夏号 ~ノーテンキ通信~

 私は戸塚の出身です「出身は?」―――横浜。「横浜のどこ?」―――横浜は横浜だよ―――と、何故か逆ギレしてしまう街・戸塚。
横浜、鎌倉、藤沢、どこへ行くにも電車で約10分。「通勤便利」「湘南への入口」どちらも嘘じゃない。
なのにダサい。
「ゴム臭い(ブリジストン工場)・魚肉臭い(紀文工場)」、「ヤンキーだらけ」、「戸塚市じゃないの?」等々、他区や湘南の人々にバカにされても、決して反論しない善良な住民ばかりです。
昔は戸塚ヨットスクールがある所、と誤解させておいて、海があるふりもできましたが、今では話題にものぼらなくなりました。
そんな戸塚に、この4月、駅ビルができました。東急ストアがあります。まるで鎌倉!スターバックス、無印、ソニプラ(ミニ)、アフタヌーンティーまで!!
戸塚民の心をくすぐるチェーン店がいっぱい。そのビルの名は「トツカーナ」、、、ああ、よかった。やっぱりダサい。よくよく見れば、昔からの商店街の店もたくさん入っています。好立地でも絶対に垢抜けない、ダサくて善良な住民が支える奇跡の街・戸塚。私は戸塚の出身です!!ああ、やっぱり言えない、、、

こども造形教室・荒木涼子)

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円卓の織り士

Bejart_bolero 写真→出典

2010年カジュ通信 春・初夏号より

 また、カジュのイロハカエデに、初々しい新芽が出そろう季節となりました。丸13年、このカエデの木の季節ごとの変化に合わせて実にいろいろなことが日々、紡がれてゆきます。

 よく、人様から、「忙しいでしょう」「よくそんなにたくさんのことができますね」などと言っていただくのですが、確かに、カジュ・アート・スペースの運営のためには、染織以外に、営業活動、広報活動、意外と時間を使うのがそうじ、、、。かあちゃん業もやっているので、日々の食は手が抜けないし、PTA関連もあれこれ。お陰様で全く退屈とは無縁の生活を送っておりますが、“心が死んでいる”ほど「忙しい」と感じたことはありません。有難いことです。

 脈絡のない様々な仕事を同時進行する時に、はて、どうやっているかしらとあらためて考えてみました。カジュの運営をはじめた当初にはよく追いつめられてパニック状態になったりすることもあったのですが、最近はだいぶ楽になりました。その理由は、、、1.機械化がすすんだ。2.経験を積んでものごとの予測がつくようになった。3.年を食ってずうずうしくなった、、、などが考えられますが、もうひとつ、「壁がとれてきた」というのが大きいように思います。そう、「見通し」がよくなってきたのです。

 昔は“制作”以外のことは雑事(やっかい事)という頭でいましたが、今は、そうじも、‘文章を書く’もチラシ作りも、イベント企画も、家事も、遊ぶのもぜ〜んぶ同じまあるいテーブルの上にのった“同等の仕事”になってきました。この概念、たいへん楽で便利です。

 例えば野原に染料になる草を摘みにゆく。当然美味しそうな草も見つかる。染めものしている間に、食べられる草を洗い、脇でゆでておく。そして、夜のおかずが一品できる。(染織と家事の同時進行)。イベントのチラシを作る。その時のフォーマットが、頼まれていたPTAのお知らせにピッタリ。で、いっしょに作る。(広報とPTA活動の同時進行)、、、このフィールドを越えた仕事の同時進行は、不思議と“得したゼ!”感が大きく、貧乏性の私にはこの上ないヨロコビです。

 仕事とプライベートをきっちり分けるのもひとつの哲学ですが、私が選んだ織仕事は、そもそも、家の女性たちが家族の衣類のためにやっていたことですし、アートは、遊びが命ですから、この2つはカオスのように混然一体です。円卓にのった脈絡のない様々な事柄を、時と場合によって、いろいろに並べかえてみる、、、すると、その事柄を全く別の角度から見られて、新しい発見があったり、長年の懸案のとなりに、ポンと別の事柄を置いた途たん、またたく間に解決したりします。これはまさに“主婦の脳”のワザですね。

 はじめから、あまり成果を思い描かず、フィールドの壁を取って円卓の脇で今日も生きております。ときどき座る位置を変えてみたりしています。円卓を回してみたりもします。そうやって私の毎日は、くるくると紡がれてゆくのだなあと感じます。


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