往復書簡(6) 磯辺朋子さんから島津健さん
少しお休みしていた「往復書簡 掘り起こし作業」を再開します。歌人の磯辺さんが、かまくららしさとは何?と手紙の中でといかけます。
【テーマ】 かまくら らしさ
未知なる往復書簡のお相手の方へ
日頃、何気なく使っている言葉。わかって使っているつもりでもいざ一言で説明しようとすると、意外と難しかったり、曖昧だったりしてしまうことってありませんか。
今回はこの言葉からは少し離れてしまうかもしれませんが、「鎌倉らしさ」について考えてみたいと思います。
“鎌倉らしい町づくり”など鎌倉らしいという言葉をよく耳にします。私自身、友人などから「鎌倉らしい所に連れて行って」「鎌倉らしいお店で食事がしたいのだけれどどこか教えて欲しい」などと頼まれます。果たして「鎌倉らしい」とは何をイメージし、何を指して皆さんおっしゃっているのでしょうか。
歴史的遺産が多くあり、前方を海に三方を山に囲まれたそんな土地柄を好んで、多くの文化人達が昔から移り住んだという自然豊かな鎌倉。生まれも育ちも鎌倉の私は、鎌倉以外に住んだことはありませんが、この小さな世界で充分に満足して日々を送っています。
そんな私にとっての「鎌倉らしさ」とは―――。
あまりにも日常化してしまい、いまひとつピンとした答えを出せないのですが、あえて言うならば光と影。光と影、陰と陽とを二つ同時に感じることのできる町、とでも申しましょうか。海の明るさを持ちながらそれとは背中合わせに、暗く折り重なった谷戸の懐深くにまで何本も入りくみながら延びている細い道。行き止まりなのか、永遠に続くのか、死に場所を捜し求めて彷徨っていた老猫がふっつりと姿をかき消してしまいそうな、そんな、異界との境目が曖昧な雰囲気のする場所が数多くあります。
爽やかな海風を頬に受けながら、どこか血生臭さを感じずにはいられない独特な匂い。
この光と影の入り混じった町にいると、じっと一人で内にこもっていたくなるような、はたまた乾いた笑い声を響かせながら町中に繰り出して行きたくなるような、そんなアンバランスな自分を感じてしまいます。
鎌倉在住の方が鎌倉らしさについて語る時、鎌倉への愛着や誇り、優越感のようなものが垣間見えて、少々、辟易する事があります。
しかしそんな私も、やはりこの言葉にこだわるということは、この町に対する一種の執着心が根底に流れているのでしょう。鎌倉は一度住んだら最後、呪縛のように人をひきつけやまない力が存在する町なのかもしれません。現に、結婚し新居を捜す時、鎌倉を離れることにただただ息苦しいほどの恐怖心を抱き、女の武器をフル活用して夫を説き伏せ、この陰湿な風の吹く土地へと引きずり込んだのですから。
さて、そこでご質問です。
以前から鎌倉に住んでみたいとと思い、そして今現在本当にこの地へ移り住み暮らしていらっしゃる方へ。
外から眺め思い描いていた「鎌倉らしさ」と実際に住んでみてからのあなたにとっての「鎌倉らしさ」について、是非お聞かせいただけないでしょうか。
礒辺 朋子
礒辺様
はじめまして。
7年前に東京から念願の鎌倉移住を果たし、今はインターネットで鎌倉移住のサポート活動をしている私にとって、ふさわしいお題(鎌倉らしさとは?)をありがとうございます。
そもそも地名+らしさという表現は一般的なのでしょうか?私が幼少期を過ごした東京の上野桜木、谷中界隈では「下町らしさ」とは言っても「谷中らしさ」とは決して言いません。我々も「らしさ」を求めて京都や軽井沢を旅しますが、地元人にはそれが当たり前に存在するもので、意識しないのが普通なのかも知れません。ただし、「鎌倉らしさ」という言葉づかいには特別なものがあると私は感じています。
古くから農家や由緒ある家系の子孫を除いては、鎌倉は移住者の集まりです。ご存知のとおり明治11年ドイツ人医師「ベルツ博士」が保養にふさわしいリゾートと位置づけたことで近代の鎌倉移住が始まりました。明治以来、鎌倉で住み継がれているお屋敷の方々も、100年前は、私と同じ移住者なのです。今も鎌倉に移住希望者が途絶えることがないのは、古都リゾートとして魅力ある都市だからでしょう。そういう意味で私は鎌倉を「永遠の移住者の街」と位置づけています。当然、人が移住を決意するのだから、この土地に何か魅力があるわけです。その魅力=それぞれの人が感じる「鎌倉らしさ」なのだと思います。
礒辺さんの書かれたとおり、鎌倉幕府があったという歴史的な特徴、三方を山、南を海に囲まれているという地勢的特徴をベースとして、人それぞれが五感で感じる心象が加わったものが「鎌倉らしさ」だと整理できそうです。ある人にとっては、海とサーフィンが鎌倉らしさであるし、ある人にはお寺の境内や路地風情が鎌倉らしいのです。それぞれ五感で感じるイメージの総体が「鎌倉らしさ」で、決して共通の概念ではありませんし、「鎌倉らしさ」を評価する人も、観光客からはじまり移住者、そして長く住んだ人と視点が少しずつ違うのも「鎌倉らしさ」と言う言葉遣いに奥行きを与えています。
ご質問の、「私にとっての鎌倉らしさ」ですが、住まいのたたずまいが最もそれを体現していると考えています。第二次世界大戦のとき、文化財を保有する古都として空爆対象としての順位が京都奈良に並んで低かったため戦火を免れ、その結果、大正や明治初期の民家が多く残っている点は、鎌倉の街並の大きな財産です。これを皆さんと大事に守って行きたいのです。カジュ・アート・スペースのような戦前の古民家活用法やオーナーシェフが古民家を改装してレストランを開業するケースなどは、鎌倉の古い建物を維持するのに大変有効だと考えています。住みたい鎌倉・建て主塾(http://sumaicocolog-nifty.com/)というホームページで鎌倉へ移住希望する人に、まず古家のリフォームを進言しているのもそのためです。
私は小町に住んでいますが、昨今、古くから住んでいる人が、ツルピカの新建材外壁で新築をされるのを見ると、非常に嘆かわしく思います。人が便利さやメンテナンス性能だけを求めるあまり、古く朽ちた自然の風合いが街並から失われつつあります。何世代も鎌倉に住み続けた人達こそ、もう一度、鎌倉の良さをご先祖(初代移住者)の気持ちになって思い返し、相続が発生した場合にも最良の選択がとれる努力をしていただきたいと思います。古い屋敷が狭小分譲されて作られた薄っぺらの建売住宅を買う移住者側にも責任はありますが、街並の「鎌倉らしさ」を守るためには、古くから住んでいる人の意識改革と努力が必要だと思っています。
個人的に、鎌倉はまだ世界遺産登録にはほど遠いと思っているのですが、人それぞれが持つ「鎌倉らしさ」を大切にする心が行動となって表れれば、50年後には歴史的古都&リゾートの街並として世界に認められるでしょう。鎌倉は、永遠の移住者の街だと書きました。意思を持って移住するセンスと行動力を持った人達の子孫の住む鎌倉ですから、街並を守るという意思を皆さんで持てば、それは並々ならぬパワーを持つと信じているのです。
島津 健
コメント