往復書簡(16) 石田紫織さんから久野木直美さんへ 2008年
【テーマ】師、弟子
久野木 直美様
こんにちは。
なおみさんのご活躍、カジュからの案内などでいつも拝見しております。カジュでのヴォーカル教室、とても豊かな気持ちになれそうでいいですね。それにすべての音楽の基本は歌ごころ、私も習いたいなあとよく思っています。ただ歌うことは誰にでもできるけれど、基本や理論を学べば、世界も広がってより楽しめることでしょうね。 そう、よく思うのですが、歌も太鼓も、踊りも、絵を描くことも、もともと誰にでもできることなのですよね。とは言え子供の頃から少しずつ、お母さんや幼稚園の友達や、またはTVなどのメディアや自然などから学んできたのでしょうけれど。興味があることに関してはより多く吸収するでしょうし、教室に行って先生に習ったりするかもしれません。なおみさんは、子供のころから歌が好きで、音楽を習っていらしたのですか?
私も子供のころからやっていればよかったのですが、先生について学びはじめたのはインド音楽を始めてからで、実は20代後半と、とても遅いのです。それまでは、仲間に教わったりして雰囲気で楽しむだけでしたが、古典音楽ともなると、長い歴史の中で受け継がれ、積み上げられたものがとても大きく、そこを学ばずに習得することは不可能だと思いました。
私の師のところには2人の住み込み弟子と十数人の通い弟子がいて、師匠と生活をともにしながら修練に励んでいます。
インドはもともと徒弟制度が根強いというか、何より師匠を大切にする民族性があるように思います。プラーナム(師の足に触れてから自分の頭を触る挨拶で、あたたの足を私の頭に乗せる思いです、という意味です)を形式としてではなく、みな心を込めて行っています。学校のようにシステマチックではありませんが、師が受け継いできたやり方で(大抵はこれでもかというくらい厳しいようですが)伝承しています。また、生活をともにすることで、弟子は師の考えがわかるようになるし、師は弟子の個性を見抜いてそれぞれにあった指導をするかもしれません。インドでは、新進気鋭の奏者も、熟練音楽家も、まず師匠の名前を出し、伝説を語り、とても大切にしています。そして師匠もまた、自分を超える弟子の成長をこころから喜ぶそうです。そんな愛情のある師弟関係のおかげで素晴らしい技と伝統が今に活きているのでしょう。
徒弟制度とまでいかなくても、こういった師弟関係や技術を受け継いでいく制度は、職人や文化芸術の世界に限らず、たとえば会社などでも見られると思うし、効果的なのではないかとも思います。またその反面、今はいろんなところから情報が得られる時代ですから、独学で技術を習得される方も多いと思います。必ずしも師匠が必要ではないし、悪い場合はそれが創造の妨げになるという考えもあります。それでも先人から多くを学んでいるのですよね。私も今までに、技術そのものに限らず仕事への心意気や考え方や生き方などを教えてくれた先生との出会いは度々あり、感謝しています。
私が人に教える立場になるかどうかはわかりませんが、多くの師から受けた愛情と、先人たちが積み重ねてきた伝承されるべきもののかけらを誰かに伝えられればいいなとは思います。しかし教えるということは本当に、覚悟のいることですよね、尊敬致します。いろいろな楽しいことや難しいことがあると思います。なおみさんの、先生として思うことや気づいたことを聞かせていただけたら嬉しいです。
石田紫織
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