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往復書簡(18) フジムラカズトさんから山岸壮太郎さんへ

【テーマ】 固定概念

ぐりぐら 山岸壮太郎さまへ

こんにちは。毎度お世話になっております。

さっそくですが、はっきり言って今さらぐりぐらさんにこうして聞きたいことは無いです。

もし聞きたいことがあるなら直接聞くし、まして手紙を書くなんて気持ち悪いっす。

なので勝手に自分が最近気になっていることを書きます。

ボクは最近、“イメージ”とか“固定概念”とかにとても興味をもっているのですが、 “いいかげん”“てきとう”というのがボクは大好きで、自分でもそういう奴だと思うし、他人からもよく言われるのですが、

どうも世間ではイメージがあまり良くないとされています。

辞書で調べたところによると“てきとう”とは「その場を何とかつくろう程度であること」となってます。

ボクは言ってることがコロコロ変わるし、行動や態度もすぐ変わります。

でも、それって“いいかげん”や“てきとう”ではなくて当たり前だと思うのです。

日々いろいろ変化しているし、気分だって全然ちがう。体の変化もあるし、たとえば晴れの日と雨の日でも全然ちがう。

だから人の気持ちも変わってくる。それが素直だし、そういうもののような気がするのです。

言葉のイメージだけが先行していって、その言葉のもつ意味がどんどん変わっている気がします。

この間は街を歩いているとある靴屋さんに「歩いて健康、ウォーキング!!」と書いてありました。

ウォーキングは歩く以外に何があるのでしょうか。

仲の良いお客さんがいて、言いたいことを言いあってギャーギャーしていたら、他のお客さんに「仲が良くて兄弟みたいだねー」と言われました。

でも実際に兄弟が仲良かったりすると「兄弟なのに仲良くてめずらしいねー」とも言います。

どっちなのでしょう。

「あの人はお酒も飲まないし良い人」なんて、まるで酒飲む人が悪い人みたいな感じがします。

生活しているとこんな言葉たちに引っかかります。

最近ではcafeというイメージもだいぶつくられてきたように思います。

人の肩書きなんてのも、あるとそのイメージでつくられてしまうので、ボクの店ではそういったもの全て排除しています。

おまけに店の名前も変えてしまいました。

そういった“いいかげん”で“てきとう”なみせですが、これからもどうぞよろしくお願いします。

FACTORY ( ex KING ) フジモト カズト

FACTORY 工場長 藤村和人様

こんにちは。いつも美味しいビールをご馳走さまです。

まずはお店のリニューアルおめでとうございます。

KINGから FACTORY、国王から工場長へとなったわけですが、お店の内装も相まってより親しみやすくなったような気がします。ぎゅうぎゅうな密着感がとってもいいです。これからも時々寄らせていただきたいと思いますのでどうかよろしく。

さて、カズ君はわたしが馬好き・競馬好きである事はご存知だと思いますが、そのことを人に話すと大抵の人はあまり良い印象をもたないようです。何故でしょうか?それはきっと競馬がギャンブルだからでしょう。お金を賭けることは悪い事、無駄遣いは悪い事、そんな「固定概念」があるからだと思います。

「固定概念」って何か考えてみましたが、多数の人の意見が一致した事柄について、それが一般意見の「固定概念」。メジャーな意見が「固定概念」と考えられないでしょうか?

大体がそのメジャーな意見が正しいものだと鵜呑みにしてしまいがちですが、それが問題なのだと私も思います。すでに出来上がったイメージをそのまま受け入れてしまうのは危険だったり損してたりしてる気がします。例えばさっきの「無駄遣いは悪い事」ということだって程々であれば無駄遣いは人生においての刺激や潤いとして健全であると私は思います。(言い訳ですか?)「よく働く事」はすばらしいという「固定観念」ですが、働きすぎて体壊してしまっては、それでは健全では無い気がします。一見良いとか悪いとか言われてることも角度を変えれば違う一面が見えてくる。これが面白かったりするので、カズ君が言うようにフィルターを取っ払って物事を見るのが肝心だと思うし、常に意識したい事柄ですね。

カズ君は自分で「いいかげん」・「てきとう」と言っていますが、これって「程々」・「適度」って意味にも取れますよね。「いいかげん」は「良い加減」。わたしはこの言葉がとてもすきです。無駄遣いし過ぎない、働き過ぎない、何事も「良い加減」がいいなぁと。負の意味に思われていた言葉もやはり角度を変えてみるとあら不思議、とてもポジティブ な意味になります。ですからこれからも「固定概念」の破壊活動をしていきましょう。そしてカズ君に対する私の印象は、正しく「良い加減」の人。肩肘張らず、気張りすぎず、いつも良い加減。褒めていますよ。

KINGの時から色々なお客さんが来店されてますよね。それはカズ君がイメージ、先入観、固定概念を排除して接してくれるので居心地がいいんだと思います。そんなお店の空気だからお客同士も世代性別の区別なく楽しく交流出来ます。ただそうなると、イメージ・固定概念によって虐げられてきた人々が唯一憩える場所として、お客もなんかスゴイ人ばかり集まりそうで、でもそれもナイスな気がしてなりません。お店に行くのが楽しみです。これからも「良い加減」なご活躍を期待しております。

グラスビーズ工房ぐりぐら     山岸 壮太郎

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