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往復書簡(22) 井上智陽さんから波多 周さんへ

【テーマ】 縁

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井上 智陽さま

確かに私は小学校の卒業文集に「将来建築家になりたい」と書きました。

でも、その記憶はないのです。ましてや小学生が一万円持って大工道具を買いに行くなんてことはありません。それは守屋さんの勘違い、一万円のかんなを買いに行ったのは高校生の時です。

私は中学生の時、将来自転車屋さんになりたい、と思っていました。友人と工作部を立ち上げ、部活動で廃品回収した自転車などを集め二台を一台に作り直すなどしていました。全て分解してフレームを塗り直すのです。そうして出来た自転車は大切で、とても雨ざらしになんか出来ません。しかし玄関に三台入れたところで父からストップがかかりました。「これ以上玄関に入れたら通れなくなる、そんなに大切なものなら、裏に小屋を作ってしまいなさい」

これが私の建築への第一歩です。

近所の材木屋さんに教わって、片側を母屋に支持する「さしかけ」の手法で掘立小屋をつくることになりました。これが面白い!自転車では味わえない目線の変化がとても新鮮でした。

その後タイミング良く我が家は増築、地元の大工さんたちが毎日来るようになり、学校から帰ると見学、うちの工事が終わりに近づくと次の現場をきき出して見学、しばらく大工さんの「追っかけ」をしていました。

その頃からヨネキチに入り浸っていたのかもしれません。書きながら段々と記憶が蘇ってきました・・・。お店には、いつもおばあちゃんが居て昔の職人さんの話や道具の事など沢山の話を聴かせてもらいました。

高校への通学路、かんなを削る音と木の香りがしてくるところがありました。「かんなを習いたい」と漠然と思ったのですが、気が付いたら棟梁にお願いしていました。

そして、棟梁に直接教えてもらえることになり、刃の据え方、砥ぎ方、台の直し方など一通り教わって、日曜大工のかんなを卒業して本物のかんなを買うことになりました。棟梁に付いてきてもらって見立てていただいたのが前段で出てきたヨネキチのかんなです。 このかんなは今でも私の宝物です。

丁度その頃、建築をやりたい、と言っている私に

「将来、お店建替える時には、波多ちゃんに頼んであげるからね」

と言ってくださったのが雪ノ下の「ケンフロリスト」のオーナー、小川夫妻です。私が設計・監理したケンフロリストも来年は完成十周年です。月日の経つのは早いものです。

ヨネキチさんは昨夏隣家からのもらい火で全焼してしまいました。直後、守屋さんが小さくなったように見えてとても悲しかったです。私で役に立つことならば何でもしたい、と思いました。ケガ人が出なかったのが不幸中の幸い、早く新しいお店で元気に頑張ってもらえるように現在進行中です。

★問題の答えは②えんとつのある家ですね。

建築家     波多 周

http://shuhata.exblog.jp/

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