往復書簡(34) 石倉正英さんから加藤壮章さん
テーマ 【掃除とパフォーマンスのビミョーな関係】
前略 お掃除パフォーマー・加藤様
先日は紅月劇団公演「5つの感覚と1つの欲望」にご出演いただき、誠にありがとうございました。初々しくも爽やかな演技に加えて、圧巻のお掃除パフォーマンスは舞台に素敵な花を添えていただいたかのようでした。
今回、西御門サローネの加藤さんから受け継いだ往復書簡のバトンは、芝居の展開通り、やはり、”片付ける”加藤さんに受け渡すのが良いでしょう(笑)。
一緒に芝居を創る過程において、色々と多岐にわたるお話を聞かせていただきましたが、ともに一つの芝居をやり終えた今、とても興味があるのは、加藤さんのお掃除パフォーマンスに、芝居の前後でなにがしかの変化が生じただろうか、ということです。
常に芝居に携わっている私にとって、”表現する”ということは永遠の課題の一つです。表現って何だろう・・・そんなことを始終考えているわけです。
たとえば、役者というのは、芝居中、表現しようと考えた瞬間に、エゴと不自然さが生じて、とたんに演技が嘘くさくなってしまう。しかし、やはりお客さんに観ていただくわけだから、当然それは普段の所作、口調では伝わらない・・・。
どう表現せずに表現するか。いくつかヒントはあるけれども、いまだ、明確な回答を得てはいません。
加藤さんのパフォーマンスには”掃除”という大目的があると思いますが、それは本来、他人に見せぬ地味な作業であるべきだ、という考え方もあるでしょう。特に日本人の美意識からすれば、お客さんには綺麗な部屋を見ていただくのであって、綺麗にする過程は見せぬべきだ、と。
加藤さんも、掃除を通じて発信したいこと、出会いや繋がりのきっかけとなることを求める一方で、駅でのボランティア清掃はなるべく目立たぬようにスーツでやっている、と仰ってましたね。そこには、多少の恥ずかしさもあるでしょうが、ひょっとしたら役者と同じような、本質的なジレンマもあるのではないでしょうか。
その辺り、芝居に参加して少しでも変化が生じたとしたら、ちょっと面白いと思うのです。
機能美とか職人技といった言葉に表されるように、裏打ちのある無駄の無い所作は、人を魅了しますよね。”表現せずに表現する”ことは、ひょっとするとそれに近い感覚なのかも知れません。分野は違えども、お互い、そんな境地に到達できるよう、今後も刺激し合って精進していきましょう。
ではでは、次回のコラボレーションを楽しみにして!
草々
2012年秋 紅月劇団 石倉正英
紅月劇団 石倉正英さま
石倉さん、ご無沙汰しています。片付ける加藤です。西御門サローネの加藤さんからバトンを受け取り、お手紙を書いています。7月29日に行った紅月劇団公演「5つの感覚と1つの欲望」では本当にお世話になりました。私自身、とても貴重な経験ができて嬉しく思っています。石倉さんのお手紙では、私のパフォーマンス等でお誉めの言葉を頂いていますが、私自身は納得いく演技、パフォーマンスができず反省ばかりしていました。ご迷惑をお掛けしたのではないかと・・。演技は小学生の時に演劇をした以来だったのでまだしも、パフォーマンスに関しては「もっとこうした方がよかった。こう動くのがベストだった。」など反省点が多かったです。ただ反省点が多い分、もっとパフォーマンス的におもしろくなる要素があるので実は嬉しくもあるのです(笑)
石倉さんの私への問い、「お掃除パフォーマンスに、芝居の前後でなにがしかの変化が生じたのか?」それは・・
変化といえば、私が普段駅でやっているボランティアのお掃除の仕方が変わりました。表現の仕方が変わったのです。今まで駅でやっていたボランティアのお掃除は、決してパフォーマンス的なお掃除ではなく、黙々淡々とやっていました。お掃除を踊りながらするのは正直恥ずかしいですし、人の目も気になります。本心はもっとおもしろ可笑しく、楽しくお掃除をしたいと思っていました。しかしそれが出来ず、自制していました。
そう思っていた時に、石倉さんからお芝居の話しをいただきました。このお話しをいただいてからは、普段お掃除をしている駅がお掃除パフォーマンスの練習場所となりました。「恥ずかしいとか人の目が気になるとか、そんなことはどうでもいい。とにかく練習をしておもしろいパフォーマンスにしたい」。その思いが掃除をする表現の仕方や意識を変えていきました。そこには正直、人の為とか社会の為という意識はあまりなく、ただ自分の思ったこと、やりたいことを素直に表現したいという気持ちが強くありました。それが自分、我というエゴなのかも知れませんが・・。しかしそう表現をし、自分のやりたいように楽しくお掃除をしていると、不思議なものでいろんな人が「楽しそう。おつかれさま。」などと声を掛けてくれます。それは以前と比べてその表現に無理がなく、素直で自然だったからだと私は思います。なので、こう変わったきっかけを与えて下さった石倉さんには感謝しているのです!どうもありがとうございます。
誰しも自分の直感で、「自分はこう表現をしたい、こういう自分で在りたい」と感じたそれが自分のベストなのだと思います。そこに無理はなく、きっと実現できる可能性を持っています。それを信じ、素直に自然体で行動することを “表現せずに表現する” というのではないでしょうか? 偉そうなことを言ってすみません。なんとなく、そう感じました(笑)
私も石倉さんと同じように”表現する”ということは永遠の課題です。如何にこの世の中でどう自分が表現をしていくか。表現をしてこその人生なので、これからもおもしろ可笑しくお掃除は続けていきます。これからも色々な面でご指導をいただければと思っています。どうぞこれからもよろしくお願いします。お手紙ありがとうございました。
お掃除パフォーマー 加藤壮章
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