往復書簡(33) 加藤文紀さんから石倉正英さんへ
2012年の往復書簡を整理中です。
【テーマ】演劇と空間 ~西御門サローネの場合~
紅月劇団 石倉正英 様
大変お世話になっております。西御門サローネの加藤です。
今年4月に行われた公演では、石倉さんの演じられた桶智小五郎が醸し出す、時にシリアスに、時にコミカルな雰囲気に引き込まれ、とても楽しく、そして興味深く演劇を拝見することができました。また、サローネで日常的に使用しているブザーを演劇の中に取り入れるというこの建物ならではの演出に僕の中で日常と非日常が交差するような不思議な感覚を覚えました。
やはり僕にとって演劇を見ることは非日常の出来事で、新しい視点や考え方を与えてくれる特別な存在です。サローネでは舞台と客席が近い距離にあることで、観客の方々は役者の方々と一体感を持って演劇空間を共有されていて、とても印象的な光景に映りました。
既にご存じかと思いますが、この建物は作家・里見弴氏が自ら設計に関わり、住んだ家です。この建物を次代に残すためにサローネとして様々な方法を模索しているのですが、僕はその中でも、演劇空間として使用することには何か特別な意味があるのではないかと感じています。それは何故かといいますと、里見氏の「多情仏心」という小説の中にこの建物の間取りを忠実に描写した1節があり、そこでは殺人事件の舞台となっています。この建物が竣工する以前の作品なのですが、まさか、将来本当に演劇空間として使用することになるとは里見氏も思っていなかったはずです。しかし、もしかすると住宅という機能を超えて演劇をなさる方を引き付ける建物としての「何か」があるのかもしれないと考えると、俄然それが何であるのか探究したくなります。
建築の職業病のようなものですが、その空間に入った人がどのような感覚でいるのか、という事にとても興味があり、また、抽象的ですが里見弴邸を形作っているものが何なのかをずっと考えてきました。そこで今回、この場をお借りしましてこの建物についていくつかご質問させて頂き、演劇をなさる方ならではの視点を伺えればと思います。
石倉さんはこの建物で実際に演じられてどの様な事を感じていらっしゃいますか?また、劇場など他の場所との違いはどの様なところにありますか?教えて頂ければ幸いです。
まだまだ石倉さんにはお尋ねしたいことが沢山ありますが、残念ながら紙面が尽きてしまいました。また次回、他の場所で行われる紅月劇団の公演にも行きたいと思っています。そして、7月のサローネ公演も楽しみにしています。(ごみ箱を蹴る練習もしておきます(笑))
それでは、失礼いたします。
2012年 夏 西御門サローネ 加藤文紀
前略 西御門サローネ 加藤様
いつもご丁寧に、そして、温かく迎えてくださってありがとうございます。また、この度は、素敵なお手紙をありがとうございました。
西御門サローネとの出会いは、今から三年ほど前、鎌倉に拠点を定めての活動がようやく軌道に乗ってきた頃のことでした。カジュのたなか牧子さんから素敵なスペースがあるとご紹介いただき、その足で見学させていただいたのですが、中に入った瞬間、来年はここで芝居をしよう、と心に決めたのでした。その時ご案内下さったのがひょっとすると加藤さんだったような気がするのですが(だとすると面白い縁ですね!)、玄関の呼び鈴の仕組みを実際に見せていただいたとき、ああ、これは登場のシーンで使わない手はない!と思ったのでした。
かつて東京で活動していた時は、いわゆる劇場と呼ばれるスペースで芝居をしていました。劇場というスペースは、ある程度どんな芝居でもできるように構成されたユニバーサルな空間なので、空間自体の個性というものはむしろなるべく取り去って作られていると言えるでしょう。現代的な劇場はもちろん、能舞台もユニバーサル空間という意味ではやはり同じで、背景に描かれた松の木には、どんな曲でも合わせられるようにという意図が込められています。
もちろん、それはそれで自由に舞台を構築できる面白味があると言えますが、私が今とても興味を惹かれているのは、それとは真逆の空間で芝居を創作することなのです。
これは素人の戯れ言としてお聴きいただきたいのですが、建物というのは、当初の設計やデザイン、素材や匠の技と、その後そこで暮らす人びとや活動する人びとの営みとが、年と共に相俟って形作られていくものなんじゃないかと思います。サローネも里見さんの想いが発端となって、その後の時代の移り変わり、そこで暮らしてきた人びとの愛情や様々な歴史が作用し合い、味わいとなって、そこに建っているのだと思います。
私にとってそれは、これ以上ない魅力的な舞台で、借景にするというよりは、そこに入って自らの身を置いた時に、テーマやストーリー、様々なシーンや台詞が自然発生的にムクムクと沸き起こってくる・・・その時、その空間はイマジネーションの源泉であると同時に、この上ないリアリティを持った舞台となり、そして実に不思議なことに、劇場でやるよりもずっと自由になれている自分に気がつくのです。
「多情仏心」のお話はとても興味深いですね。私のサローネでの2つの作品が奇しくもミステリーの形態を取ったのも、里見さんの仕掛けた迷宮に見事にはまった証かもしれませんね。そして来年の作品の題材も何やら決まったような気がします(笑)。
ではでは、オープニングを飾るレクチャーと共演を楽しみにして。
草々
2012年 夏 紅月劇団 石倉正英
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