タテガキ vs ヨコガキ
かつてある知人に脚本をプレゼントした時のこと、「あれ? 横書きなんですね」と驚かれたことがあります。
言われてみると、僕の脚本はすべて横書きであることに気づきました。それまで、それが普通のことだったので、そう言われてみて初めて認識したというか・・・、と同時に世間一般の脚本は縦書きがほとんどだということに、今更ながら改めて気がつきました。
縦書きの脚本と横書きの脚本では、できた芝居に違いが出るものでしょうか? この記念すべき【テアトロ・カジュ】第一回は、この問題を繙いてみようかと思います。
脚本に関わらず、僕は文章を書く時は、自然と横書きになります。このコラムの文章もまたしかり。それは何故かと考えてみると、子供の頃、学校で鉛筆やシャーペンで書いていた時のこと、右利きの僕は縦書きだと小指の外側が真っ黒になり、紙面も汚れて行く。一方、横書きだと汚れない。絶えず、紙に触れている手は、未だ書かれていない所に置かれているので、手も紙も汚れない。横書きが好きになった理由は恐らくここにあるのだと思います。本来、縦書きというのは筆で書く、即ち、手を紙につけずに書くものであるのでしょう。
しかし、頭の良い読者の皆さんは、きっとこう思われていることでしょう。パソコンに 入力する分にはどっちだって手は汚れないじゃないか、と。そう、何を隠そう、アナログ人間の私は、未だにノートに手書きしないと、イマジネーションが膨らまないのです。
パソコンに打ち込む時点で縦書きにしても良いのですが、それだと何だか違和感を覚える。手書きしていた時に、左から右へと横に進んで行く感覚の流れが失われてしまうような、何とも変な気分になってしまうのです。下手(左)から上手(右)へという芝居の基本的な流れと呼応しているような、そうでないような・・・。
渡された役者さんにとっても、それは案外大きな問題のようで、かつて一度だけ、どうしても横書きの脚本に馴染めない、と言われたことがあります。それは多分に慣習的なものだとは思いますが、目で追う方向というのも人の感覚と密接に繋がっているのかもしれません。
とすれば、出来た芝居にもそれは少なからず影響を与えるようにも思えます。縦書きの脚本では、ひとつひとつがストッストッと落ちて行くようなかちっとした感じに、横書きのそれでは、スーッスーッと流れるような緩やかな感じの芝居になる、とか(笑)。一方で、行間を貫く主題は縦書きでは横に、横書きでは縦に現れるのかもしれません。織物の縦糸と横糸の関係に似ているでしょうか・・・これは皆さんの方がお詳しいですね。
冒頭の知人は、嬉しいことに続けてこう言ってくれました。「縦書きという慣習にとらわれず、あなたには横書きを貫いてもらいたい」と。粋な一言ではありませんか! こういう人たちのおかげで今の自分があるのだと痛感する瞬間です。
そして、その言葉に励まされた僕は、今日も横に脚本を書いて行くのでした。
紅月劇団 石倉正英 (2013年秋冬号)
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