セリフの覚え方
「よくあんなにセリフが覚えられるものですね」と言われることがしばしばあります。 確かにモノローグの長ゼリフとなると、A4 サイズにして2枚に渡ることもあり、やったことのない人からすれば、特殊能力に思えるのかもしれませんね。でもこれだけは確実に言えますが、誰でも覚えられるものなんです! え?嘘だろうですって? フフフ。
記念すべき第10回目のテアトロ・カジュは、このセリフ覚えの秘密について紐解いてみたいと思います。
と言っても、役者が皆すんなり覚えられるわけではなく、うちの劇団にも、毎回七転八 倒の苦しみと共にやっとこさセリフを覚える役者もいます。しかし、僕の場合はというと、 自慢じゃありませんが、セリフを覚えるのにあまり苦労をしたことがありません。といっても、昔から暗記は不得手ですし、覚えるコツがあるわけでもないのですが、強いて言え ば、「セリフを覚える」という感覚ではなく、「結果的に覚えてる」という感覚に近いように思えます。
セリフの覚え方には概ね2タイプあるように思えます。一つは文字通り「一字一句暗記 する」タイプ、もう一つは「結果的に覚えているタイプ」。どちらが良いというのはありませんが、どちらも良い面と悪い面があることは事実。僕の場合は明らかに後者で、何度か稽古で合わせていくと自然とセリフが身についてくるので「覚える」苦労はあまりない のですが、反面、流れのない、支離滅裂なセリフなどは甚だ不得意です。
一方、暗記する タイプは、セリフを入れるのには苦労しますが、台本に忠実で、支離滅裂なやりとりも難なくこなす。いわば台本を理論的に捉えるか、記号的絵画的に捉えるかの違いかもしれません。どちらにせよ、最終的に「自分の言葉」にすることが大切なので、アプローチの仕方は好き好きで良いのですが。
一方、我々役者にとっては「忘れる能力」というのも結構大切です。たとえば、本番中にセリフを間違えてしまった。この「間違えた」ことをいつまでも覚えているとろくなことになりません。「次のシーンのセリフ、ちゃんと出てくるだろうか」という疑心暗鬼は、 必ずやさらなるセリフの間違えを誘発します。こんな時になすべきことはただ一つ、早々 と「忘れる」ことです。
とかく人は記憶していることを良しとしがちですが、この忘れる能力というのも、案外、 人間社会において有効な力のような気がします。自分の失敗を早いとこ忘れたいように、 他人の失敗も早いとこ忘れてあげることで、世の中は実に円滑に回っていく。そう、この 忘却力こそが、世界を救う唯一の方法・・・というのは少々言い過ぎでしょうか(笑)。
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紅月劇団 石倉正英 (2016年新春号)
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