スローモーション
「超ゆっくり歩いてみてください」と言われると、人は途端にヨロヨロとぎこちなくなってしまうもの。あれ? 普段どうやって歩いてたっけ? と、頭で考え出したらもう最後です。この漢字、これで良かったっけ? と悩むのに似たループに果てしもなく陥ってしまいます。歩く動作だけでなく、普段無意識にしている動作をゆっくりやるのはとても難しいものです。試しに、超ゆっくり指折り5つ数えてみてください。ね、手がプルプル震えてくるでしょう?
今回のテアトロ・カジュは、この「ゆっくりした動き」すなわち「スローモーション」にスポットを 当ててみたいと思います。
普通のスピードの動きでも、舞台の上で普段通りにやろうとすると、なぜかぎこちなくなってしまうのが人情です。無意識に振舞っている動作に意識が介在することで、動作をぎこちなくさせてしまうのです。では、舞台上でも無意識に振る舞えばいいじゃないか、というと、事はそう単純ではありません。ある程度決められた動作をする必要がある上に、お客さんからの見られようも意識する必要があるからです。ではどうやってそれを克服するか・・。それにもっとも役立つのがスローモーションのトレーニングだと僕は考えています。ゆっくりした動きを繰り返しトレーニングする事で、ある程度意識が介在してもスムーズに動けるようになり、やがては適度に意識を抜いていく事ができるようになってくる。子供の頃、見よう見真似で習得した人間的動作というものを、もう一度学び直すような作業ですね。
僕のバイブルといっても良い「弓と禅」という本があります。ドイツの哲学者、オイゲン・ヘリゲルが弓道を習い、最後は五段の免状をもらうまでになる一部始終を記録したものですが、西洋人の合理的な視点で日本の武道という非合理的なものを見つめる、それが故にとても分かりやすく、面白く、そして日本人師範の教えの言葉がいちいち胸に突き刺さってくるという名著です。
その中で、必死に弦を引こうと頑張っているヘリゲルに師範がこんな事を言う場面があります。
「腕の筋肉を使って引くのではなく、腕の筋肉は引く手を見ているようにしなさい」と。なんとも不可解な言葉ですが、この言葉がふっと腑に落ちたのは、まさに最近やった舞台の本番でのことでした。土下座したところで皆が去り、その行く手を見ながらゆっくり上体を起こす、まさにその時、意識は完全に去りゆく人物にありながら、必要最低限の筋肉に上体を起こす動作を全て任せられた気がしたのです。僕にとってそれはまさに、余計な力を使わずに弓の弦を引けるようになる瞬間に似たパラダイム・シフトでありました。心に無限の自由が与えられたと言ったら大げさですが、これもひとえにスローモーション・トレーニングの賜物と、一人頷いていたのでした。
紅月劇団 石倉正英 (2015年秋・冬号)
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