イタリアから鎌倉への手紙 ーその1ー
お元気ですか?鎌倉へお便りします。こちらは北イタリア、フランスに近いピエモンテ州の葡萄畑の山の上にある小さな町に暮らしています。もともとイタリアのスローフード運動に興味があったことや、旅ではなく、海外でその土地の言葉を話し、暮らして料理の仕事をしたい、という想いからイタリアに渡りレストランの厨房でコックとして働きだして早1年半が過ぎます。
レストランの日々のまかないは私の当番で、外の庭の長テーブルに白いテーブルクロスをバッと広げて、シェフとシェフの旦那さん、3人の小さな子どもたち、シェフの妹さん夫婦、おかあさん、おばあちゃんまで、下は4歳から上は95歳まで4世代、総勢10人が揃ってのお昼ごはん。
イタリアでは今まで3件のレストランで働きましたが、どこも家族経営で、こうして家族揃って旬の野菜や食材をたっぷり頂く風景に出会います。今は毎日、レストランの小さな畑でズッキーニが採れるので炒めものに、牛の心臓”cuore di bue”という名前の皺の刻まれた大きなトマト、赤玉葱、ラディッシュ、柔らかいチコリーの葉をサクサク刻んでサラダでお皿に山盛りいただきます。味の濃い旬野菜をたっぷり使ったごはんを家族で囲んで、おしゃべりしたり、食事中に家族ケンカが始まったり...風に吹かれて子どもたちや皆ひとりひとりの顔を眺めていると、このために毎日の料理をしているなぁとしみじみ思うのです。
レストランの野菜は、ほぼ90%地元のAlbaという町の野菜市場で買いだしています。地元の農家さんが
朝から野菜を並べる様子は鎌倉の市場を思い出します。初夏のいま時季の人参は、もうだいぶ細い、小さな
ものが主流になっています。先日は野菜が足りなくて少しだけスーパーマーケットで買いだした人参は、
太くて大きく、そのときは何も感じなかったのですが、私がまかないでそれを使おうとしたら、シェフに
「それはfakeだから食べたくない。」と言われて本当にどきり、としました。日本でも一年中スーパーで
出回っている大きな人参の見た目はきれいで大きくて使いやすいけど、味が薄いことはわかっていたのに、
いつの間にか効率性からどこかで妥協して、感じなくなっていた自分がfakeである、と言われた気がしました。野菜だけではなく、様々なものに対して、多くの人が当たり前だと思っていることに「fakeだから要らない」と前向きに言える感性を持っていたいと思わされたのでした。
EU、イタリアではすべての遺伝子組み換え食品に表示義務があり、市場に占める有機食品の割合も比較的高く、意識の高さが伺えますが、同時に日々の食に対する五感が鋭いように感じます。
最近になってレストランの庭では野生の木苺が実りはじめています。料理で使う野草を摘みながら、
それを一粒口に放り込むと、舌とのどを通って心臓にひびくような、何にもこびない嘘のない野生の強い
味がするのです。
そんな味を見極めたい、伝えたい、料理そのものよりもそんな感覚を育てているこの頃です。
料理人、ピアノ弾き。
東京PURE CAFÉ、鎌倉のLife Forceを経て、現在イタリアで料理修行中。
2012年ピアノCD「カゼノカミサマノイルトコロ」発表。
カジュ・アート・スペースさんでピアノの練習をさせてもらう時間がとてもすきでした。
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