« イタリアから鎌倉への手紙 ーその1ー | トップページ | MASKⅡ »

デビッド・ボウイ追悼

〜あるいは、芝居と音楽のやんごとなき関係〜

芝居にとって音楽とは、空気感や雰囲気を与えるものであり、間を作るものであり、切るものでもあり、インスピレーションを与えるもの。芝居にとってそれはとても重要な構成要素の一つです。それゆえ、良い音楽との出会い、良いミュージシャンとの出会いは、良い芝居を作るための必要不可欠なことと言えましょう。

僕の場合、芝居を始めたばかりの頃は、既製の音楽の中から芝居にあったものを探してつけておりました。その後、才能あるギタリストと出会って、芝居のイメージに合う音楽を、キーボードやギター、Macなどを駆使して作ってもらい、それをCDに録音して当てる、という時代を迎えました。いわばレディメードからオーダーメードにグレードアップして、よりこだわりのある芝居に進化したように思ったものです。何より、音楽の著作権から解放されたのが嬉しかった!笑

しかし、ここでひとつの大きな問題に直面することになります。「尺(=長さ)」という問題です。そう、芝居は生ものですから、その日、その時、役者や観客の状況によって常に長さが変動します。もちろん、一分一秒単位できっちり「尺」を決めた演出もありますが、逆に都度伸縮してしかるべきと捉えている僕の芝居では、それは避けようのないジレンマだったのです。綿密な打ち合わせで決まったはずの「尺」を守って正確に打ち込まれた音楽は、その時の「なり」で伸縮してはくれず、早く終わってしまったり、逆にえらく余ったり、仕方なく長めに作っといてフェードアウトさせるか、という妥協案に落ち着くしかなくなってしまうのです。そして必然的な結果として、生で色々な楽器を操ってくれるミュージシャンと一緒にやることに落ち着いたというわけです。

もうひとつ、古楽器との出会いも僕にとっては大きなターニングポイントでした。電子的な音楽や、アンプやスピーカーを経て聞こえてくる音楽に合わせる絵も言われぬ違和感、それはそれで面白くもありましたが、古楽器から出てくるプリミティブな音色は、まさに木の音であり、風の音であり、人や動物の息の音でありました。人の声と調和する自然の音。この音に出会ってしまったが最後、最早これ以外ない!と思ってしまったのです。

音楽といえば・・・、大学2年の時、初めて脚本を書き演出した作品のテーマ曲として選んだのがデビッド・ボウイの「ヒーローズ」という曲でした。その彼が、ご存知の通り今年の1月10日に亡くなりました。いわば僕の芝居はデビッド・ボウイの音楽で幕を開け、彼が亡くなった年に劇団創立20周年を迎えた格好となります。なんとも不思議な縁を感じますし、実際、彼の音楽やパフォーマンスに、僕自身、とても大きな影響を受けてきました。常に変わり続け、世界を刺激し続けてきた彼の作品や生き様をお手本に、これからも芝居と音楽の良き有り様を探求し続けたい。

晩年の傑作「The Next Day」を聞きながら、今、そんなことを考えています。

2016年春 紅月劇団 石倉正英

« イタリアから鎌倉への手紙 ーその1ー | トップページ | MASKⅡ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« イタリアから鎌倉への手紙 ーその1ー | トップページ | MASKⅡ »