往復書簡(42) 石田人巳から齋藤晴美さんへ
テーマ:今年の夏の出来事
齋藤晴美さん
今年の9月は雨が多いですね。せっかくのスーパームーンも、雨雲にかくれて見えないところも多かったようですが、私は、十五夜の翌日、実に久しぶりに月を見ました。
丸い月を見ていると吸い込まれそうになり、昔の人が月に酔ったり、月に心乱されたりしたこともわかるような気がしました。それにしても月の輪郭が青く見えたのは、私だけでしょうか?
さて、斉藤さんに、このひと夏の出来事をお話したいと思います。
6月の終わりに、私は、小学生時代の習字教室の先生と再会しました。いきさつは詳しくは申しませんが、とにかく、ドラマチックなこととは無縁の私の人生の中で、40年の時を隔てての再会というだけでも十分劇的なことです。子供の頃は、とっても先生が恐かった・・・。特に、銀ぶちの眼鏡の奥にきらりと光る目、(先生は片目が義眼なので、蛍光灯の光が反射してたのでしょう)が恐かった。でもその先生は、実はとても小柄でいらして、87歳になっても元気に新幹線に乗って東京の美術館に来られ、私のことを「ヒトミチャン」と呼んでくださる好々爺になっておられました。
そして9月、つい先日のことですが、先生が愛知県豊田市(私の出身地)で、ご自身の社中展を開かれるというので行ってきました。いくつか作品を出品されていた中で、一番の大作は平安中期の能書家、藤原佐理の手紙「恩命帖」の臨書でした。実物は手紙ですから、30㎝×90㎝くらいなものです。それを、襖4枚くらいの大きな紙に臨書、つまり、墨継ぎ、行の句切りなどすべてを忠実に再現されていました。この時代、貴族が書いた手紙ですから漢文ですが、日本独自の和様の書が発展した時代で、走り書きのような草書の手紙からは、ひらがなの萌芽が見て取れます。佐理が勢いに乗って筆を動かしているうちに、漢字からひらがなが生まれる瞬間を意図せずに後世に残した作品、とも言えるものです。内容は、宮中行事で必要だった矢の調達で手違いが生じたことへの詫び状で、自分の犯したヘマが、千年たっても消えないというのは、佐理にとってはさぞ不本意なことでしょう。
そして、これを先生は何度も何度も鉛筆で書いて頭に叩き込み、実際筆を持ったら、大きな紙の上を走るようにして書いた・・・とおっしゃっていました。
私が勝手に「書」を類別すると、非常に乱暴な分け方ですが五つあります。中国の名跡の臨書、漢詩を題材に自由に創作したもの、和歌や俳句をかなで書いたもの、漢字の前身である古代文字を題材にしたもの、相田みつをさんのように自分の言葉を書く現代ものの五つです。そして先生が、老境にあってご自分の書の集大成のひとつを、先のいずれでもなく、『かな』の源流に求められたということにとても驚きました。と同時に、自分もいつかはそのようなものを書いてみたいと、強く思いました。そして、この作品は例えて言うなら、夜道を照らす月のような存在になりました。
先日、COFFEE SHOPで打ち合わせをした時、私は愚問を発してしまいました。「斉藤さんは、茶道をされていますが、利休の時代と今とでは、茶道の担い手が違うことに何か矛盾を感じますか?」と。利休は江戸時代の人ですが、茶道をするその行為は常に「今、ここ」であることを忘れていました。そして、そこに普遍的なものがあるから、現在とか過去とかの区別が無意味になるのでしょう。先生も千年以上前の人が書いた手紙を臨書しながら、今ここ、を生きておられました。
そして、このたびは、私のつたない話を聞いてくださりありがとうございました。
石田人巳
追伸、そうそう、お尋ねしたかったことがあります。お抹茶のカフェインとコーヒーのカフェインと、どちらが頭がすっきりしますか?私は断然コーヒーなんですけどね。
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石田人巳 : カジュ通信のボランティアスタッフ。往復書簡の構成担当。平成26年4月からカジュにて『筆に親しむ書道教室』を開講。
石田人巳 さん
今日は富士山が初冠雪、昨年より3日早い雪化粧とのこと。台風一過の澄み切った青空に、それはそれは美しい富士の姿を見ました。
人巳さんからのお便りをいただいたのは9月初め・・・十五夜の頃でしたよね。
「カジュ通信」のピンチヒッターのお話をいただき、大好きなカジュ通信の為ならと喜んで受けさせていただきました。8月末に美味しいコーヒーをいただきながら打ち合わせをしたのが、なんだか遠い昔のような気がしますね。(時の流れが年々早く感じるのは、年をとったせいだと笑われそうです)さて、人巳さんはこの夏、書道の先生との40年ぶりの再会というドラマがあり、先生の社中展で素晴らしい書との出会いがあったことを書かれていました。
この書簡は「今年の夏の出来事」というテーマですが、さてこの夏…と、思い返してみると私にとって今年はここ数年の中でも実にアクティブに行動した夏と言えそうです。
東京から鎌倉へ移住して間もなく2年になりますが、どこかよそ者意識だった昨年とは違い、地元に根を張るべく目線は常に「今、ここ」でした。そんな中で、カジュとのつながりは大きなパイプになっていきました。
私とカジュとの出会いは10年ほど前に遡りますが、あの頃と変わらぬたたずまいで迎えてもらえた時の心の安堵感は忘れられません。「いつかここで、大好きな着物や茶道を楽しめたら・・・」という以前からの思いは、今年の夏のワークショップがきっかけで、実現化の運びとなりました。
7月20日に開催した『浴衣の着付け教室』にたくさんのお仲間が参加してくださり、2時間という短い時間の中、真剣にそして和やかに学んでいただきました。最後に全員で記念写真を写した時には、皆さん満面の笑顔で、とっても素敵な浴衣美人になっていました・・・・。
その時、思ったのです。忙しくてなかなか時間が取れないけれど、思い切ってカジュで『着付け教室』を始めてみよう!と。時間的なことや、生徒さんを集めることなど心配なことは多々ありましたが、私の背中を押してくれたのは、カジュの庵主(勝手にこう呼んでます)の牧子さんでした。
ポン!と、庭石を飛び移るように決心した教室『着付け教室 和楽の里』が、牧子さんのご協力のもと、この10月からスタートしたのです。きものは日本の民族衣装であり、世界に誇れる素晴らしい衣服です。きものを着る楽しさや和を楽しむ心の豊かさを、一人でも多くの方々と共有できたら・・と常々思っていたことが、この夏をきかっけにひとつのアクションとして動き出せたこと・・・・・これが私の「この夏の出来事NO1」と言えます。
あの夏の日に人巳さんにご質問いただいた「茶道」の話に移りますが、人巳さんも書かれていたように、まさしく「今、ここ」の精神が点となり、その点が脈々と受け継がれ、あたかも1本の線であるかのように見える。揺るぎない真実というものは、そうやって後世に繋がっていくのだと思っています。相手を思いやり「まずは、一服どうぞ!」という茶道の基本精神が私は大好きです。
渇いたのどを潤す、一服のお茶・・・・・・・。一椀に心を込めて差し上げられる自分でありたいと思うこの頃です。
齊藤 晴美
追伸、頭がスッキリするのはコーヒーでしょうか・・・? お抹茶だと、まったりしてしまいます(*^_^*)
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齊藤 晴美:鎌倉市在住 今年10月からカジュにて着付け教室『和楽の里』を開講
(手紙の受け取り手が送り手になるリレー形式の『往復書簡』ですが、都合により今号から執筆者が変わりました。引き続きご愛読のほどを。)
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