« 2016年11月 | トップページ | 2017年3月 »

2017年2月

往復書簡(51) たなか牧子さんから石田人巳へ  2017年

51回続いたこの往復書簡もこれをもって一区切りとなります。

カジュに集う多くの仲間が、それぞれに刺激しあい、親交を深めている様子が

毎回、手紙のやりとりから伝わってきました。

このシリーズの担当をさせていただき、私も多くのものを得ることができました。

皆さん、ありがとう!石田人巳

テーマ:文字とは、書くとは

石田人巳さま

気がつけば、カジュ・アート・スペースは、今年で20年目。

石田さんとはその前から、よりとも公園に集う、子どものお砂場仲間のママ同士、というところ からご縁がスタートしたのでした。

すでに、その頃一緒に遊んだ石田さんの息子さんも、私の息子も成人してしまいましたが。

あっという間でしたね。

石田さんにはカジュ通信の創刊号から、編集をお手伝いいただき、しばらくしてこの「往復書簡」 の企画を立ち上げてくださり、以来、書いてくださる方の手配、連絡、記事の編集を一手に引き受け てくださって、すっかり、カジュ通信の看板コラムになりました。

さてさて、今まで書いてくださった方、一体何人ぐらいいらっしゃるでしょうね。

この2ページで繰り広げられる様々な化学反応に、心躍り、うーんとうなり、くすりと笑い、ぶんぶんうなずき・・・ほんとうに豊かな気持ちになりました。

全ては石田さんの、長年に渡る心のこもったお仕事ぶりのおかげです。

石田さんは編集者としてのキャリアもさることながら、書道の師範でもいらっしゃいますね。ふと、石田さんにとって、「文字」ってどんな存在なのかな、と思うようになりました。

私も昨年、本を出させていただく幸運を頂き、4ヶ月ほど、どっぷり「文字」の海をあっぷあっぷと 泳いだのですが、その時つくづく思ったのは「ああ、日本語が母国語で幸せ〜!」ということでした。

漢字もカタカナもひらがなも、その組み合わせで生まれる言葉のあれこれも、みんな愛おしくてありがたくて、幸せだなぁと。

石田さんにとって、文字とは、書くとは・・・?うーん、お返事、興味津津です。

これで「往復書簡」は幕となりますね。ほんとうにほんとうに、長い間、ありがとうございました。

これからもどうぞよろしく。 

たなか牧子拝

続きを読む "往復書簡(51) たなか牧子さんから石田人巳へ  2017年"

| コメント (0)

往復書簡(50) 石田紫織さんからたなか牧子さんへ

テーマ、永遠の・・・

牧子先生

先日はシルク博物館全国染織展での作品の入賞、おめでとうございました!

なんと、私たちの朗読と音楽のパフォーマンスからヒントを得てデザインされたと伺って、とってもうれしいです。

実は、ちょうどお手紙に似たようなことを下書きしていたところでした。

私が、たしか清泉女学院中学校3年生の時。美術の授業で、「音楽を聴いてそのイメージでデザインした」という先生の作品を見せていただきました。それは、本当に音楽が流れるような意匠で、絵っていうのは見たものを描くだけじゃないんだ、感じたものを表現するってこういうことか、と知った初めての体験でした。そのときの衝撃は今でもはっきりと覚えています。

そして、音楽と美術の境目がなくなったのもこのときでした。

そのあと、大学生の時に、母校での教育実習で先生と再会しましたよね。それで先生の作品展を見に行きました。絵画を専攻していた私は、工芸とファインアートの間に線引きをしていたように思いますが、先生の作品はその両方のいいとこ取りをしていて、衝撃を受けたものです。そして、工芸とアートの境目がなくなったのもこのときでした。

また、「おくりもの」というタイトルがついていて、作品たちが、実用性というよりむしろ「贈り物」という役割を与えられて生まれていることにも驚いたことを、はっきりとおぼえています。

先生は作品の役割について考えることはありますか?

 自分を喜ばせること? 人々を喜ばせること? 神様を喜ばせること?

 

実用的な役割があってこそなのか?

 

社会的な役割があってこそなのか?

 

はたまたArts for arts shake なのか?

これって、もう語り尽くされたことかもしれませんが、私は未だにそんなことをぐるぐると考えるときがあります。

でも、そんな絡まりをいつもひょいとほどいてくれるのが、カジュ・アート・スペース。

いつも、カジュの催しに参加すると、なんとなく答えが見つかるような気がするのです。

さて、牧子先生、私からも賞をひとつ。

「石田紫織の人生に影響を与えたで賞」(笑)

先生は、私の人生の方向性を決めるきっかけになった偉人のうちのひとりであることは間違いないです。

これからも、衝撃をください。

石田紫織

*************

【石田紫織】

パーカッション担当としてのバンド活動を経て、2002年タブラを学ぶため渡印。2007年よりpt.シュバンカル・ベナルジーに師事、毎年コルカタに数ヶ月滞在し研鑽を積む。また、U-zhaanの指導を受けている。インド古典音楽や舞踊の伴奏の他、オリエンタルフュージョン、Pops、Electro等のライブやレコーディングに参加。「むゆうじゅ」「ヌーベルミューズ」では、アメリカやヨーロッパ3カ国ツアーを行うなど、国外にも活動の場を広げる。2015年度インド政府奨学生として、ラビンドラ・バラティ大学パーカッション科修士課程へ留学中。

【ホームページ】http://www.ishidashiori.com/music/

【ブログ】←インドネタも更新中!http://ishiorin.blog24.fc2.com/

続きを読む "往復書簡(50) 石田紫織さんからたなか牧子さんへ"

| コメント (0)

往復書簡(49) 石倉正英さんから石田紫織さんへ

テーマ:引き寄せるもの

前略 石田紫織さま

お元気でお過ごしですか? これが掲載されるころにはまたインドですね。

さて、僕にとって「朗読パフォーマンス」の楽しみのひとつは、様々なミュージシャンとセッションできること。 そんなミュージシャンの中でも、石田さんのタブラは素人目にも群を抜いて素晴らしく、毎回ご一緒できるのが楽しみでなりません。本当に、なんと多彩な音が出るのでしょう。石田さんの手にかかると、あのどちらかといえば地味な二つの物体が、喋り、歌い、音楽を奏で始める。いやはや、まさにイリュージョンです。

石田さんが、数ある楽器の中からタブラに行き着いたというのは、僕が数あるパフォーミングアートの中から芝居に行き着いたのと、なんだか似た匂いを感じています。そこには言葉にはできない、ある種の必然性のようなものがあるように思えてなりません。こういう説明のつかないものってワクワクしますよね。

「人は一生に一度、インドに呼ばれる時が来る」と言ったのは三島由紀夫だっただろうか。仏教や神話の源泉であるインド。仮面劇も色々と残っていますよね。紐解きたいことは数々あれど、いまだお呼びがかからない僕ですが、石田さんは「インドに呼ばれてる」と感じた瞬間ってありましたか? 

今年も長くインドに行かれている石田さんにとって、インドとはいったいどんな存在なのでしょう。とても興味があります。

今年もまた秋頃にご一緒できそうですね。何やりましょうかね。今からとても楽しみにしています。

それでは、インドへの渡航、どうぞ、お気をつけて。

2016年初夏 紅月劇団 石倉正英

**********************

【石倉正英】

 

洋館や古民家、海辺のカフェなど、非劇場的空間を活かした個性的な 作品を創作する紅月劇団主宰。 脚本・演出・役者。語りや朗読パフォーマンスなど、ソロでも活躍中。 http://r-lune.jp  Facebook / twitter : 紅月劇団

続きを読む "往復書簡(49) 石倉正英さんから石田紫織さんへ"

| コメント (0)

往復書簡(48) 鎌倉智士さんから石倉正英さんへ

テーマ:鎌倉の未来のこどもたちへ

石倉正英さま

   

一昨年の路地フェスの打ち上げではじめてお会いしてから、トントン拍子でコラボ企画を実現したのがいまでは懐かしいです。考えてみれば初対面からわずか3カ月後には一緒に舞台に立っていたわけですね。2014年9月につづき12月にもご一緒させていただき、去年の2015年5月の路地フェスでは西御門サローネでまたご一緒させていただきました。出会ってからの丸1年で3回もコラボさせていただけたこと、とても光栄です。コラボ企画といっても、実際には大先輩の紅月劇団に肩を貸していただいただけですので、これから少しでも恩を返していけたらと思っています。

 

さて、テーマですが、「鎌倉の未来のこどもたちへ」と題させていただきました。このテーマを次につなげていただければ倖いです。

 

そもそも私たち鎌倉もののふが活動している趣旨は「鎌倉にねむるすべての御霊への鎮魂」と「地域振興」です。その趣旨のなかで「未来のこどもたちへ何を語り継いでいけるのか」というのはとても重要なテーマです。そんなこともあって、鎌倉時代のお芝居を一緒にしていただけないかと声をかけさせていただいたのが最初でしたし、舞台(お芝居)には多くのこどもたちも立たせていただきました。本当に感謝です。

現在私たちは鎌倉時代の装いや食事を体験できる場や、鎌倉武士と一緒に鎌倉の史跡をめぐるなどの機会をつくっていますが、今後は絵本や紙芝居などでもこどもたちに「鎌倉の1つの歴史」を紡いでいけたらと思っています。またそんな試みのなかで無理のない範囲でまたコラボしていただけたら嬉しいです。

 

出会って丸2年、今年2016年5月22日には4回目のコラボが実現します。いまからとても楽しみです。

鎌倉 智士

                                   

*************

鎌倉もののふ隊 隊将 鎌倉智士(かまくらさとし)

続きを読む "往復書簡(48) 鎌倉智士さんから石倉正英さんへ"

| コメント (0)

往復書簡(47) 佐野武さんから鎌倉智士さんへ 2016年

テーマ:鎌倉にもののふあれ!

鎌倉智士殿

私と鎌倉殿との始めての出会い、それは昨年のカジュ祭の時でしたね。

カジュのお庭に突如甲冑姿で現れ、ほら貝を吹くやいなや「皆のもの~時の声をあげよ~えいえいお~」と郎党達とともに声をあげていましたね。

まさにその時、その姿を見た瞬間、私の脳裏に一筋の光が走るのを感じました。

そう思い起こせば10年前、会社を鎌倉に移してきた年。ある計画を密かに準備していました。それは鎧を羽織って古道を歩くことでした。結局、それは一人では出来ず、その後すっかり忘れさられておりました。こたび、まさにそのことを実際に実行なさっている方と出会い、感激し、早速連絡をとり、鎌倉殿の指導を受け、マイ甲冑を製作。さらに現在では鎌倉もののふ隊臨時スタッフとして活動に参加させていただいております。本当にありがとうございます。

実は私は今から約30年ぐらい前に鎌倉二階堂にあるジュエリー作家宅へ仕事でよくお邪魔しておりました。当時はまだ20代前半の若造でしたが、鎌倉の印象はよく覚えています。なにしろ草がいたるところにあり、町も山も緑に溢れていたと記憶がございます。

土の匂いが自分の実家の山梨と同じ匂いがするので、鎌倉に仕事が決まるといつも うきうきしていたのが本当に懐かしい記憶。

でも今はその土の匂いは薄らいでしまいましたね。この素晴らしい文化がどのようにして後世に伝えられていくのか、いつも気がかりでもありました。

そんな時 鎌倉殿との出会いがありました!

ここカジュ・アート・スペースで昨年幾度もツアーを開催させていただき、そこで沢山のお客様の喜ぶ笑顔、歴史の話に耳を傾け楽しむ姿を見るたびに、うなずいている自分。

そうだ!この活動を広げよう。そして、大きな流れになること、それがこの町全体に 活力を与えること。そして未来の子供達にも、さらに日本のためにもと。

私の今年の目標。それは

大切なものを残すこと、伝えること、そしてもののふの心を育てること

鎌倉時代に生きた方々の生き様に少しでも触れてみたいと考えております。

鎌倉殿! 今年もどうぞよろしくお頼み申し上げるまする。ではこれにて

PS 牧子殿、昨年は色々と多大なご協力いただき誠にありがとうございました。

   

今年もどうぞよろしくお願いいたしまするよ~。    佐野 武

****************

佐野 武  (株)ステラマリン 代表 山梨県甲府市生まれ 水晶作家・ もののふ隊

 

鎌倉二階堂で工房を構え11年目 ただ今鎌倉もののふ楽団構成中 お楽しみに!

 

続きを読む "往復書簡(47) 佐野武さんから鎌倉智士さんへ 2016年"

| コメント (0)

往復書簡(46) YUKI☆さんから佐野武さんへ

テーマ:ほとばしれ!元気汁☆

佐野 武さま

春のカジュ祭ではお隣でお世話になりました。新緑から滴る木漏れ陽が、チラチラと  遊ぶカジュの庭でお会いしてから早5ヶ月ですね、いかがお過ごしですか? あの時飲んだ 「超生搾り!自分で回す喜びの汁」ジュース、メッチャおいしかったです! キャーキャー言いながら自ら絞る楽しさと面白さに、ふと様々な想い出がフラッシュバ ックしました。

ちょっと前まで、鎌倉の海や山や野は今よりもはるかに近くにありました。

坂の下の漁師さんから天然のわかめを買い、家族総出で一年分の干しわかめを作る冬。 黒く縮れたわかめをお湯に入れればびっくりするほどキレイな緑色に海の香りをまとっ てその肉厚さを再び味わわせてくれたし、摘み草に出かけた春の野では幾種類もの野草 を取り分ける祖母がすごくカッコよく見えました。私はノビル玉を抜くのが大好きで、 摘み草の翌朝のノビルのおみそ汁は自分で摘んできた“得意”な気持ちも混じって絶品 でした。蓬で草餅を作る時は手が真っ赤になるほど熱くって苦手だったな、とか、掘り たてのタケノコの皮を剥いで梅干しをはさんでしゃぶったこと、大谷戸の夏みかんで煮 る5月のママレード作り、家の前の川で捕った蛍を見ていた夏の夜、散歩の途中でお月 見用のススキを採ってきてと頼まれた事などなどなど・・・。

そんな生活が当たり前だった鎌倉もここ10~15年でとても変わりました。まるで別の 街の様です。でも、気が付けば私自身が手軽なコンビニ生活にいつの間にか慣れきってい たようです。鎌倉が海と山と歴史の恩恵をいかに受けてきたか、今も沢山の人が集まるの はなぜなのか、もう一度考えてみたいと思いました。

カジュの庭で味わわせて頂いた、ちょこっとでも自分の手を掛けて恵みを口に入れる おいしさ、道具を使う楽しさは、“手間”が“エネルギー”に変わる瞬間でした。果汁も 飛び散っていたけれど、あの時一緒にほとばしっていたのは自分の元気汁だったんだな ーと改めて感じます。

素敵な食材と粋な道具たちで是非またおいしいエネルギーを頂きたいです。 再びお目にかかる日を楽しみにしています!どうぞ、すてきな秋をお過ごし下さい。

YUKI☆

****************

人形遣いYUKI☆(YUKI☆ PUPPET WORKS): 鎌倉在住。御成中学校在学中に人形劇部に入部。卒業後、鎌倉児童ホームでの人形 劇公演の熱気が忘れられず人形劇に恋をする。その後何をしているのかは「人形劇のおしごと」で検索を☆

続きを読む "往復書簡(46) YUKI☆さんから佐野武さんへ"

| コメント (0)

往復書簡(45) 八原佳子さんからYUKI☆さんへ

テーマ:カジュ‣アート‣スペースは玉手箱

YUKI☆(工藤有紀)さま

こんにちは。

そろそろ今年二度目のロシアからお帰りの頃ですね。毎年ヨーロッパやアジアの各地で海外公演され、素晴らしい賞を受賞されていることは友人として誇らしい思いです。

YUKI☆さんと初めてお目にかかったのはカジュ祭でしたね。夫の珈琲屋さんの横でYUKI☆さんご夫妻がマリオネットを操っておられたのがご縁の始まり~始まり~。私のボランティア活動の最後の年、YUKI☆さんに随分助けていただきました。発達に偏りがある子どもとペープサートを作ったり、Y市児童相談所一時保護所の子どもと封筒人形を作ったり、大勢の子どもの楽しそうな表情が忘れられません。私は子どもの瑞々しい感性と勢いに心を熱くしました。周到な用意をされたYUKI☆さんのお陰で子どもたちは安心して私たちを受け入れてくれました。本当にありがとうございました。プロ根性のYUKI☆さんに脱帽です。

 私は活動を止め、少しゆっくり・・と思っていましたが、相変わらずの日々です。

夫がカジュ祭で、たなか牧子さんに勧められて受けた加田さんのクラニオ(頭蓋仙骨療法)。夫の勧めで私も受けて1年、とうとう講習を受けて今はお手当て人になってしまいました。日々家族へのお手当てとクラニオの不思議な魅力に取りつかれ修行中(?)です。そう言えばYUKI☆さんにも半強制的に受けていただきましたね。クラニオの会でダントツの最高齢のお手当て人と聞かされ戸惑いと同時に、面白い実験台になるかもと思っています。

 

私にはカジュ・アート・スペースはまるで玉手箱です。いろいろな人や文化に出会うことでワクワクします。小学校入学から社会人になるまで11校に在籍した私の子ども時代によく似ています。転校は辛いことや悔しいこともあり、転校していなかったら・・と思う事もあります。しかし移り住んだ土地の持つ喜びや哀しみを感じ取り、独特の自然や人々との交わりはフィールドワークのようでした。短い間ですがワクワクしながら探検し、走り回り、土地のにおいを嗅ぎ、どの土地も大好きになりました。

 

今を「最後から2番目のステージ」と思っている私は、カジュという玉手箱からの贈物でしばらく遊びます。40年近く前に短期間住んだ二階堂。その時の友人とのご縁の糸がカジュに導いてくれた不思議さを心に留めながら暮らしていきたいと思っています。

YUKI☆さん、どうぞお身体を大切に、愛しい人形劇との蜜月をお楽しみくださいね。

八原佳子

****************

八原佳子:鎌倉在住。子どもの問題をサポートするボランティアグループで20年間活動、昨年閉会。現在クラニオ(頭蓋仙骨療法)お手当て人。

続きを読む "往復書簡(45) 八原佳子さんからYUKI☆さんへ"

| コメント (0)

往復書簡(44) 鎌田香さんから八原佳子さんへ 

テーマ:楽しく美味しい時間の不思議

八原 佳子さま

  

こんにちは。

  

すっかり春めいてまいりましたが、お元気にお過ごしでいらっしゃいますか?

  

先日は、お料理教室にお出でいただきありがとうございました。今までは、カジュ祭の時に、お台所で洗い物をしながらお話しするだけでしたが、ゆっくりとお目にかかる事ができ、嬉しかったです。素敵な笑い声に、沢山の元気をいただきました。

   

私は、お料理教室といっても、みんなで作って、みんなで食べるという教室をしておりますが、いつもみんなで作った物を、楽しく美味しく食べる時間はなんて素晴らしいのだろうと感じています。別に美食などではない、ごく普通の食材をちょっとゆっくり丁寧にお料理するだけですが、みなさんが楽しく美味しい時間にしてくださるのです。一時期、週末に食堂もしておりましたが、教室と違い何か楽しくないのです。どうしてだろうと考えてみますと、食堂では、一緒に食べる事が出来ないからだ・・・と気が付きました。みんなで食べる、美味しく食べるという時間が素晴らしいのだと気付いたのです。

   

そして時々、ご一緒にお食事した方が、後になって素敵お話しをしてくださる事があるのです。ずっと気持ちが沈んでいたけれど、あの日から元気が出て一歩踏み出 す事が出来たとか、食欲がなくてあまり食べられなかったけれど、美味しく食べられる様になったとか、食べるという事の考え方が変わった・・とか。そいうお話を伺う  と、きっとその時、魔法がかかったのだなと思うのです。みなさまの楽しいお話しと、 美味しい飲み物、お食事が素敵な事を呼び起こしてくれたのではないでしょうか。

       

珈琲の会を催されている八原さんも、みなさんと美味しい珈琲をいただきながらお話する素敵な時間を過ごされていらっしゃる事と思います。ゆらの会のリーフレットの中には、「話題は自在に こころは自由に 無辺の散歩 想像が羽ばたき 何か が生まれる」という素晴らしい文がありました。美味しく物をいただき、楽しくお話 する中で気持ちが解放され、何かに気付いたり、何かを受け入れられたりするのでしょうか。きっと八原さんも、私と同じ様に素敵な経験をされていらっしゃるのではないでしょうか?

     

みなさんが楽しい美味しい時間にしてくださる、そんなお料理教室で、私が一番たくさん素敵な時間を過ごさせていただいています。人の中に、人と人の間に何かが生まれる・・そんな時間を大切にしてゆきたいと思います。またお出でいただき、楽しい美味しい時間をご一諸させていただくのを、楽しみにお待ちしております。 

                                       

 鎌田 香

 

***************

 

鎌田 香: 藤沢市在住・鎌田クッキングスタジオ(無添加で作るベーコン・ハム ・ソーセージの料理教室)主催 ・みんなの稲村プロジェクト(稲村エネルギーカフェ)進行中

       

続きを読む "往復書簡(44) 鎌田香さんから八原佳子さんへ "

| コメント (0)

往復書簡(43) 齋藤晴美さんから鎌田香さんへ 2015年

 

                  

 テーマ:2020年の自分へ

鎌田 香 様 

鎌田先生、お元気ですか?!

先生のお料理教室に初めて参加させていただいたのは、10月の末頃でした。そして今は12月・・・本当に月日の過ぎゆく早さに驚いてしまいます。

 

カジュ通信の往復書簡のお相手を鎌田先生がお引き受けくださり、さてテーマは・・・と考えてもなかなか決まらず、内心焦りが出てきた頃、テレビ画面に大きく映し出されたロケット発射を見て、「これだ!」とひらめきました。 12月3日、午後1時22分。鹿児島県南種子町の種子島宇宙センターから打ち上げられた小惑星探査機『はやぶさ2』。目的を果たし再び地球に戻ってくるのは、2020年末とのこと・・・・。往復52億キロもの旅に出た『はやぶさ2』に、ロマンを感じたのは私だけではないでしょう。

さて、テーマの【2020年の自分へ】は、そんな『はやぶさ2』が地球に戻る頃の自分を想像し、願いや決意も込めて書かせていただこうと思います。

 

2020年、私は61歳になっています。そう、還暦を越し60代を歩き始めているのです。

もちろん鎌倉に住んでいます。今のこの海辺の家は「終の棲家」で・・と思っているくらい気に入っていますので! そして仕事も順調、順調というより今年スタートした“ひとり時間プロデュース事業部”が軌道に乗り、社員も増えてそろそろ事業部から会社にしようか・・などと考えている頃です。

 

今年5歳の孫は11歳になって、小学校5年生。私に似て鎌倉が大好きな女の子に成長しており、週末にはちょくちょく泊りがけで遊びに来ています。仕事の悩み等を孫に聞いてもらうのが私のストレス発散になってるんですね!

 都心はもちろん、ここ鎌倉も東京オリンピック開催の影響で外国の方がたくさん訪れ、日本の文化を知っていただく一環で、着付け教室や茶道教室などで、結構忙しく動いている様子が想像できます。

 

意外なことに体調はすこぶる良く、人生で今が1番楽しいわ、などと言ってはしゃいでいる自分が見えるのです。これは昔占いで「60代からの人生が1番華の時代」と言われたことが、強く心に残っているからでしょうか・・・・。秘かに楽しみにしていた年代を2020年に迎えているのです。ここまで書いてきて、心に鮮明に浮かび上がってくるのは『体作り』という文字。何もしないでいれば体力はどんどん低下し、免疫力や記憶力など年相応に、いえ、それ以上に加速をつけて落ちていく一方でしょう。

 

そこで私はここに誓います!2020年の自分へ向けて、今からしっかりと体力をつけ体作りをしていくことを! あの時に誓ったから今があるのね・・とにっこりと微笑んでいられるように。今の自分を大切に、未来の自分を見つめながら暮らしていこうと思いました。

そして、まだ1度しか参加できていない鎌田先生のお料理教室にもっともっと参加したいと思っています。美味しくて、体に良くって・・・そんなお料理のレパートリーも増やせていけたら幸せです!鎌田先生の2020年は、どんな夢が広がりますか? お返事を楽しみにしております。

齋藤 晴美

************

齊藤 晴美:鎌倉市在住 昨年からカジュにて着付け教室『和楽の里』を開講

続きを読む "往復書簡(43) 齋藤晴美さんから鎌田香さんへ 2015年"

| コメント (0)

往復書簡(42) 石田人巳から齋藤晴美さんへ

                        

テーマ:今年の夏の出来事

齋藤晴美さん

 

今年の9月は雨が多いですね。せっかくのスーパームーンも、雨雲にかくれて見えないところも多かったようですが、私は、十五夜の翌日、実に久しぶりに月を見ました。

 

丸い月を見ていると吸い込まれそうになり、昔の人が月に酔ったり、月に心乱されたりしたこともわかるような気がしました。それにしても月の輪郭が青く見えたのは、私だけでしょうか?

   

さて、斉藤さんに、このひと夏の出来事をお話したいと思います。

 

6月の終わりに、私は、小学生時代の習字教室の先生と再会しました。いきさつは詳しくは申しませんが、とにかく、ドラマチックなこととは無縁の私の人生の中で、40年の時を隔てての再会というだけでも十分劇的なことです。子供の頃は、とっても先生が恐かった・・・。特に、銀ぶちの眼鏡の奥にきらりと光る目、(先生は片目が義眼なので、蛍光灯の光が反射してたのでしょう)が恐かった。でもその先生は、実はとても小柄でいらして、87歳になっても元気に新幹線に乗って東京の美術館に来られ、私のことを「ヒトミチャン」と呼んでくださる好々爺になっておられました。

 

そして9月、つい先日のことですが、先生が愛知県豊田市(私の出身地)で、ご自身の社中展を開かれるというので行ってきました。いくつか作品を出品されていた中で、一番の大作は平安中期の能書家、藤原佐理の手紙「恩命帖」の臨書でした。実物は手紙ですから、30㎝×90㎝くらいなものです。それを、襖4枚くらいの大きな紙に臨書、つまり、墨継ぎ、行の句切りなどすべてを忠実に再現されていました。この時代、貴族が書いた手紙ですから漢文ですが、日本独自の和様の書が発展した時代で、走り書きのような草書の手紙からは、ひらがなの萌芽が見て取れます。佐理が勢いに乗って筆を動かしているうちに、漢字からひらがなが生まれる瞬間を意図せずに後世に残した作品、とも言えるものです。内容は、宮中行事で必要だった矢の調達で手違いが生じたことへの詫び状で、自分の犯したヘマが、千年たっても消えないというのは、佐理にとってはさぞ不本意なことでしょう。

 

そして、これを先生は何度も何度も鉛筆で書いて頭に叩き込み、実際筆を持ったら、大きな紙の上を走るようにして書いた・・・とおっしゃっていました。

 私が勝手に「書」を類別すると、非常に乱暴な分け方ですが五つあります。中国の名跡の臨書、漢詩を題材に自由に創作したもの、和歌や俳句をかなで書いたもの、漢字の前身である古代文字を題材にしたもの、相田みつをさんのように自分の言葉を書く現代ものの五つです。そして先生が、老境にあってご自分の書の集大成のひとつを、先のいずれでもなく、『かな』の源流に求められたということにとても驚きました。と同時に、自分もいつかはそのようなものを書いてみたいと、強く思いました。そして、この作品は例えて言うなら、夜道を照らす月のような存在になりました。

 

先日、COFFEE SHOPで打ち合わせをした時、私は愚問を発してしまいました。「斉藤さんは、茶道をされていますが、利休の時代と今とでは、茶道の担い手が違うことに何か矛盾を感じますか?」と。利休は江戸時代の人ですが、茶道をするその行為は常に「今、ここ」であることを忘れていました。そして、そこに普遍的なものがあるから、現在とか過去とかの区別が無意味になるのでしょう。先生も千年以上前の人が書いた手紙を臨書しながら、今ここ、を生きておられました。 

                                

そして、このたびは、私のつたない話を聞いてくださりありがとうございました。

石田人巳

  

追伸、そうそう、お尋ねしたかったことがあります。お抹茶のカフェインとコーヒーのカフェインと、どちらが頭がすっきりしますか?私は断然コーヒーなんですけどね。

 

////////////////////////////////////////////////////////

 

石田人巳 : カジュ通信のボランティアスタッフ。往復書簡の構成担当。平成26年4月からカジュにて『筆に親しむ書道教室』を開講。

続きを読む "往復書簡(42) 石田人巳から齋藤晴美さんへ"

| コメント (0)

往復書簡(41)山根弓子さんから るんさんへ 2014年

テーマ:食堂ぺいすと山根湯

るんちゃんへ

                 

庭の紫陽花も色づき、夏至を迎え、本格的な夏はもうすぐそこ。季節がダイナミックに変化する中、るんちゃんは今日も台所で何か美味しいものを「ルンルン♪」と作っているのだろうな。考えただけでよだれが出る(笑)

この度はるんちゃんにお手紙を書く機会をいただけてとても光栄です。ありがとう。

そもそも食堂ぺいすとの出会いは、うちが“きらくなたてものや”の日高さんに家の改修をしていただいた一年後にぺいすの工事が始まり、その職人さんがたまたまうちと同じメンバーだったことから始まったんだよね。この出会いで私の鎌倉生活は何倍も彩り豊かに、そしてますます愉しい日々へと変化したのです!

改修が始まり、ぺいすに住みこみで工事を行う親しい職人さんたちに、うちがお風呂を開放したことで始まったつながり。そのご縁は工事とともに終わるどころか、「山根湯」なんて呼ばれながら更なる広がりを作ってくれました。鎌倉の愉しい人々とのつながりも、ぺいすからもらったご縁がたくさんあるんだよ。ありがとう。

食堂ぺいすには、ぺいすファミリーを慕って、改修中に開催したワークショップから、食堂開店後も本当にたくさんの人が集まるよね。その求心力は何かというと、2月の大雪の日、交通機関がマヒしてへとへとで帰ってくると、うちの玄関の門にそっと置いてあったるんちゃんのファラフェルが象徴していたなぁと思うんだ。素直に泣いて笑って怒って喜んで、人の中にあるきらめきに気づき、引き出し、温め、生かしてくれる。食堂ぺいすを形作っているのは料理を介して伝わる、そうした包容力と人間らしさ、人間同士の温かい繋がりなのだなとしみじみ感じます。

そして、今年の鎌倉路地フェスタでは、るんちゃんが誘ってくれて、るんちゃんの作った自家製豆乳ヨーグルトに私のグラノーラを合わせ、「きらくなグラノラや」を出店したこと、すごく楽しかった。こうじゅくん手作りの看板も嬉しかったな。食堂ぺいすの引き出す力と実行力にはいつも感動するんだ。

それはお店自体にも現れていると思う。いつかどこかで感じた懐かしさ、そして季節の移ろいや子供たちの笑い声、光の美しさ。心から寛げて、美味しいものをお腹いっぱい食べさせてくれる幸せな空間。るんちゃんのいつもの笑い顔と愛情たっぷりのお料理。そして、こうじゅくんの優しさと気遣い、センス、大好きな音楽たち。自分がありのままで認めてもらえる安心感。

全てがパーフェクトじゃなくても、愉しくて、のんびりしていて、自分が好きなものを「大好きです」って言えることってなんて自由で愉しいんだろうね。台所から平和を願うこと、毎日の食事や暮らしに意識を向けることが地球の平和につながっていることを改めて実感させてくれる。それぞれができることをやっていく。それが重なり合って世の中もできている。この多様さこそ、それぞれが生きていることの意味があるんだなと心から感じさせてくれる、私は食堂ぺいすに出会ってそれを強く感じたんだ。

食堂ぺいすをもし何かに例えるならば、大好きな左官屋さんが教えてくれた葦船の話を思い出すよ。

いつも笑顔であったかい太陽みたいなるんちゃんと、お月様みたいに優しいこうじゅくん、希望の光に満ちた寿唯くんが船頭で、海の上にプカプカと浮かぶ葦船。その葦船は帆に風を受けて前へ前へぐんぐん進んでいく船とは違って、いつも地球のペースにゆだねられ、気づくと小さな魚から大きな魚、海藻なんかもたくさんひきつれて、いつだってお腹いっぱいみんなを満たし、優しくゆらぎながら安らぎを与えてくれる場所。近所にそんな食堂ぺいすがあってほんとによかったな~。

また食べにいかなくちゃ!そして「食堂ぺいす×山根湯」もまた何かできれば嬉しいです。

いつもどうもありがとう。そして今後ともどうぞよろしく! 

             

弓子 

    

(鎌倉市小町在住 会社員)

  

続きを読む "往復書簡(41)山根弓子さんから るんさんへ 2014年"

| コメント (0)

« 2016年11月 | トップページ | 2017年3月 »