« 乱歩という免罪符 | トップページ | Coffee & Cigarette »

久生十蘭

 演劇初心者から役者の方まで、幅広いメンバーで毎年取り組んでいる紅月劇団ワークショップ。その発表公演が10月13日〜14日にかけて我らがホームグラウンド「西御門サローネ」で執り行われました。今年の演目は「乱歩と十蘭」。江戸川乱歩と久生十蘭(ひさおじゅうらん)の作品を原作としたオムニバス形式の公演でございました。
  ということで前回のテアトロ・カジュでは乱歩について書きましたので、今回は「十蘭」について触れてみたいと思います。

  久生十蘭は乱歩と同時期、大正から昭和にかけて活躍した作家で、乱歩より8歳年下。そして乱歩より8年早く世を去った、生年も没年も8年差という、ちょっと奇妙な縁の二人です。
  その著作はユーモア小説からミステリー、ノンフィクションと多岐にわたり、その博識と技巧的作品から「小説の魔術師」とも呼ばれ、「ジュウラニアン」という熱狂的な愛読者を生み出しました。また、パリに遊学中はレンズ工学と演劇を学び、文学座の立ち上げにも関わるなど、演劇の世界にも身を置いていた人。さらに晩年住んでいたのが鎌倉の材木座、しかも今僕が住んでいる家のすぐ近くだったそうで、大学時代、機械工学科に席をおきつつ演劇に目覚めた僕としては、勝手ながらなんともいえぬ親近感を覚えてしまう人です。

僕個人の関わりとしては、今回のワークショップで取り上げた傑作短篇「ハムレット」や「湖畔」を一時間かけて読むという冒険的な朗読会を開いたり、「生霊」を題材とした「GHOST」という芝居を作ってみたりと、ひとかたならぬご恩を受けております。時を超えた「ご近所のよしみ」とでも言いましょうか。笑
  なんとも無駄のない歯切れの良い文章で、その発想力、展開力には舌を巻きます。まだ読まれたことがない方は、上記三作品から始められることをお勧めします。読了後はジュウラニアンの仲間入り必至です。

 面白いのは戦中の彼の活動です。厳しい検閲に影を潜めた乱歩と対照的に、十蘭は大政翼賛会の文化部に入ったり、海軍報道班員として従軍しつつ、大日本帝国賛美的作品を書いていきます。その時代の作品は今でも読むことができますが、そういった表現はされているものの、それを隠れ蓑にして「書く」という衝動や欲求を満たしつつ、更なる芸術的探求、進化を続けていたことがよく分かります。あたかも、ナチスの命を受けてベルリン五輪を撮った稀代の映像作品「オリンピア」の監督レニ・リーフェンシュタールのように・・・。ちなみにレニは戦後、ナチスの片棒を担いだ廉でドイツから追い出されることになります。
  久生十蘭にしても、そうせざるを得ない状況というものがあったにせよ、軍国主義に与した行動を嫌悪する向きもあるでしょう。ただ、彼らが何に忠実だったのかといえば、国や軍などではなく「芸術」に忠実だったのではないかと僕は思います。

  終戦の翌年、真の表現の自由を手に入れた十蘭は、「ハムレット」を発表した後、材木座に移り住んで、「十字街」、「鈴木主水」(直木賞)、「母子像」(ニューヨーク国際短篇コンクール第一席)といった名作を次々と生み出して行くのでした。

 

2018年秋冬号 紅月劇団 石倉正英

 

« 乱歩という免罪符 | トップページ | Coffee & Cigarette »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 乱歩という免罪符 | トップページ | Coffee & Cigarette »