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Nevermore

20200723-95118

 先日の公演「ラ・フォンテーヌの寓話」の中で「カラスとキツネ」という作品を作りました。間抜けなカラスとキツネ、どちらがこの世界を的確に言い表せるかを競うというお話で、様々な美辞麗句を並べるキツネに対し、カラスはただひたすら「Nevermore」という言葉で応戦するという内容。僕が演じたのはカラスの方で、セリフが一つしかない、とても楽な役のはずだったのですが・・・。

この「Nevermore」という言葉には元ネタがあって、それはかのエドガー・アラン・ポーの名作「大鴉」の中で、恋人をその死によって失った主人公と窓辺に飛んできた大鴉が会話に似たやりとりを交わすのですが、主人公が何を問いかけてもカラスは「Nevermore」の一点張りで応じるのです。

「Nevermore」という言葉は不思議な言葉で、本物のカラスが発語したら面白い響きになりそうですが、日本語に訳すとなんともしっくりこない。「これ以上ない」「二度とない」「最早ない」・・・どの訳を読んでも「never」と「more」という異質な二つの単語を双方とも満足に言い表せていない感があります。いったい、この言葉でポーは何を示そうとしたのでしょうか。

実は、今回僕が演じた役の中でもっとも苦労したのがこのカラスだったのでした。
「Nevermore」という言葉自体が難解な上に、何に対してもこの一語で応じることの難しさ。下手な意味や意図を乗せた途端に、その世界観は崩壊していく。では何も考えずにやればいいのかというとそれも違う・・・。まるで、言語という茫漠たる海に、一艘の小舟を漕ぎ出すような、そんな不案内な心許なさを感じるのと同時に、言葉というものの成り立ちを垣間見た気もいたしました。

実際のカラスは鳥の中で最も頭が良く、一説には49の言葉を操るのだそうです。「カーカーカー」と鳴くと「ここに美味しい食べ物がある」という意味、「カッカッカッ」と鳴くと「危険が迫っている」という意味なのだそうです。彼らはこれらの言葉を駆使して、意地悪をした人間の情報を共有し、仕返しをすることもあるのだそう。お気をつけあれ。ん? この前、立て続けに2回もフンを落とされたのはそのせいだったのか!?
一方、背景に同化するために体色を変えると思われていたカメレオンは、最近の研究では、その変幻自在の体色を会話にも使っているとのこと。赤い色になると相手に怒っていることを伝え、喧嘩に負けると茶色になって敗北・服従を示すのだそう。色で会話するなんて、なんともお洒落な言葉ではありませんか。

さて、カラスのセリフ「Nevermore」ですが、これを題材にした絵をゴーギャンが描いています。晩年の大作の一つで、かつてロンドンに行った折、コートルード美術館でその実物を見る機会を得ました。今になって思うと、これほど「Nevermore」という言葉を体現した作品は他にないのではないか・・・。それがなんとこの秋、上野にやってくるとのこと。ご興味あれば、是非ご覧になってみてください。



2019年夏号 紅月劇団 石倉正英

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