« 花 火 | トップページ | たねのなか 〜10〜 »

手 の 力

20200723-101430 本番前の儀式(「FIRE!WORKS」より)

つい2〜3日前に馴染みのイタリアン・レストランでランチをしてお支払いをした時のこと、お釣りを受け取る際にお店のママさんと手と手が触れ合ったのでした。
その手が思いの外柔らかく心地の良い温かさで、なんとも彼女の感謝の気持ちがダイレクトに伝わってきたようで嬉しかった・・・と言っても恋の話をしようというのではありません。
この時、久しぶりに他人の手に触れたことに気がついたのでありました。

昨今、ソーシャルディスタンスというエチケットが根付いて以来、自然、他人と距離を取るようになって、握手はおろか人と会うのもWEBでというご時世。
こんな状態になってみると、逆に手の持つ力というものを改めて考えてみたくなりました。

昔流行ったハンドパワーじゃありませんが、手からは確かに何かが出ているような気がします。
「手当て」という言葉は、手を当てて怪我や病気を治したことから来ているという俗説は間違いで、本来「処置」という意味があるからなのだそうですが、そう言われても、この俗説は本当に実感するところで、お腹が痛いと思わず手を当て、じっと我慢していると次第に痛みが和らいで来たりしますよね? 
母が子に、夫婦や恋人がパートナーに手を当ててあげれば効果覿面。そこには相手を思いやる心の力が加わって、手から癒しのパワーが溢れ出て来るのでしょう・・・と信じたい。

神社仏閣に行って手を合わせる。合掌。
人はそこに願いや悩み、感謝、祈りを重ねますが、そこから得られる最大のご利益は、ひょっとすると神仏のご加護ではなくて、両の手の平から溢れ出る何かが合わさることで、心が一つにまとまることかもしれません。
答えやそれを叶えるために為すべきことは、本当は自分自身がよく分かっていて、神仏を前に手を合わせることで、それを整理したり直視できるようになるような気がします。

僕らが芝居の本番前に必ず行う儀式があります。円陣を組んで互いに手を繋ぎ合い、1分ほど目を閉じて深く呼吸するという儀式。これによって皆の心が開かれ、互いにパワーを送り合い、一つにまとまって本番に臨めるのです。
もっとも、むさ苦しくキャラの濃い男優が大半を占める我が劇団では、手に汗した男同士が手を繋ぐのには本番以上の覚悟が要るかもしれませんが・・・。

2020年春・初夏号 紅月劇団 石倉正英

« 花 火 | トップページ | たねのなか 〜10〜 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 花 火 | トップページ | たねのなか 〜10〜 »