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2020年8月

暗転のコスモロジー

20200810-200756   役者から地獄太夫へ(「grotesque」より)

 先日、このコロナ禍の小康状態の中、久しぶりに東京の小劇場で公演を行いました。この「久しぶり」というのには二つの意味があって、一つは昨年の12月以来久しぶりの公演であったこと、そしてもう一つは超久しぶりの劇場での公演であったことです。思えば「劇場」を飛び出して、古い建物やカフェなど、非劇場の空間で作品を創るようになってもう十数年の月日が経っておりました。

 久々に劇場で公演してみると、改めて気づかされることが多くありました。その一つが「暗転」です。暗転とは文字通り舞台を真っ暗闇に転じること。それは主にシーンの転換、すなわち、場所を変えたり、時間の経過を表したり、芝居の始まりや終わりにつなげたりするために使われるもの。暗転しさえすれば場面が移り変わってくれる・・・芝居の作り手にとってみると、これほど便利なものはないのです。

 この暗転の前後で役者は登場したり退場したり立ち位置を変えたりします。明るい照明を受けていたところから一瞬にして真っ暗闇になる、その中での移動は困難を極めますが、その際役に立つのが暗闇の中で光ってくれる蓄光テープです。出はけ口や段差、立ち位置などに貼られていて、役者はそれを目指して移動します。暗転の多い芝居では、この蓄光テープが舞台上にたくさん貼られていて、暗転するとさながら満天の星空のように見えるのです。他に褒めるところがなかったためか、終演後のアンケートに「蓄光テープが綺麗だった」と書かれたこともありました(笑)。

 かつて劇場で公演していた僕らもこの蓄光テープにはお世話になっていたわけですが、今回の公演で久しぶりの暗転に身を置いた時、思わずこの暗闇の中で動く怖さを感じたのでした。それもそのはず、今僕らが公演している会場は古民家や西洋館。住宅地にあることも多く、音の関係で夜遅く公演できないことも手伝って、どんなに遮光しても完全な暗転を作り出すことは不可能。気がつけば、このメリットだらけの暗転を捨てた芝居を強いられてきたことに気づいたのでした。

 で、今回ばかりは暗転の恩恵に預かってもよかったのですが、結果的に僕らが選択したのはここでも暗転の無い芝居だったのでした。それは真っ暗闇の中で動くことにいらぬストレスを感じたこともあったのですが、暗転というメリットを捨てることで逆に思わぬ効果が得られることを知っていたためなのです。
例えばオープニング、地獄太夫という花魁が一人寝ているシーンで幕を開けるのですが、暗転があれば、地獄太夫は暗いうちに床についていればそれで済む。しかしながらほのかな紫の照明に照らされる中で登場し横たわり寝姿にまで辿り着かなければいけないとしたら・・・それならいっそ、まずは生身の役者として登場し、その場で地獄太夫に変化していく様を見せても面白いんじゃないか、というアイデアが生まれた。実際にこれは要所要所でとても面白い効果をもたらしてくれたのですが、こういう発想ができるようになったのも、まさに暗転ができない空間に育ててもらったおかげなのだと思います。

 やっかいなウィルスが蔓延る昨今、「暗転」してウィルスのない世界にスコっと進みたいところですが、あえて暗転を封印した展開を考えるとしたら・・・案外そのアイデアは人類にとって面白い効果をもたらしてくれるような気もいたします。

 

2020年 夏号 紅月劇団 石倉正英

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