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MASK Ⅲ

20210727-193551
 泣き笑いの仮面
(天地をひっくり返してみてください)

 コロナ禍で起こった数少ない良いことの一つはマスクが多様化したことかもしれません。かつてはつけるとたちまち東南アジアを感じた色とりどりのマスクも市民権を得て、芸術的なデザインのマスクをつけている人を見るのも外出する楽しみの一つになってきたように思います。何より電車の中にいる美男美女の比率が激増。えっ!? 横須賀線ってこんなに綺麗な人多かったっけ?? 一説には、人は隠された部分を平均的なイメージで補う習性があるとのこと・・・いえ、これ以上触れるのはやめておきましょう。そう、このコラムも気がつけばなんと30回。記念すべきこの回はマスクはマスクでも仮面の話をしたかったのでございます。

 昨年2月、懇意にしていただいている仮面の舞踏家・野口祥子さんから、光栄にもたくさんの個性豊かな仮面をお譲りいただきました。アフリカの仮面あり、日本の天狗面あり、抽象的な仮面あり、現代美術的な仮面もあり・・・中でも心にヒットしたのは、笑顔と泣き顔が一体化した仮面でした。一体化したと言っても泣き笑いの表情ではなくて、両目を真ん中に上下逆さに鼻と口がついた奇妙な仮面です。笑顔に見える仮面の天地をひっくり返すと見事に泣き顔になるという趣向です。トラディッショナルな要素はさほどないけれど、なんとも言えぬ凄まじい妖気のようなものを感じます。木彫りのもので、裏書きを見るとバリ島のウブドと書いてある。恐らくは芸術の村として知られるバリ島ウブドのアーティストの手によるものでしょう。

  昨年は2018年に作った「grotesque」という、とんちで有名な一休さんが、悲劇の花魁・地獄太夫を悟りに導くというエピソードから生まれた作品を練り直して、全国4カ所で上演する予定でした(実際にはコロナの影響で東京・大阪の2公演のみ)。昨年になって一人キャストが増えたこともあり、なんとなく足りないと思っていたシーンを一つ追加することを考えていました。よし、そのシーンにこの仮面を使ってみよう。

   笑顔と泣き顔・・・陽と陰・・・極楽と地獄・・・とイメージが繋がって、最終的に一休さんが「一休」の名を授かるきっかけとなった悟りの歌にたどり着きました。

有漏路より無漏路へ帰る一休み 雨降らば降れ 風吹かば吹け

 物の本によれば、有漏(うろ)は煩悩を、無漏(むろ)は悟りの境地を表すのだそう。「俺はまだ煩悩から悟りの境地へ行く途中にいるんだ、何が悪い」といったところでしょうか。なんとも気持ちの良い開き直り、言いっぷり・・・さすがは一休さん。この歌と仮面、そして役者の大変な努力が合わさって、一際異彩を放つ新たな、そして地獄太夫が新しい境地に一歩踏み出すきっかけとなる重要なシーンが出来上がりました。いやはやすごい力を持った仮面。それは今、僕の部屋の壁にかかって、斜め上から静かに、そして一際鋭い眼差しを投げかけています。

    後日、この仮面をいただいた野口さんに、仮面のワークショップを開催いただきました。おびただしい仮面の中から好きなものを一つ選び、次に衣装を選び、それらをつけて舞台上で即興パフォーマンスをするというもの。この時、他人のやっているパフォーマンスを見ていて思ったのは、なぜかその人の心の本質が仮面に現れ出てくるように感じたこと。顔を隠すものがなぜ人の内面を引き出すのか・・・とても不思議な感覚でした。そう、コロナ予防のマスクもいっそ仮面にしてみたら、その人本来の綺麗な心が現れて、変ないざこざも無くなって・・・いやいや、逆もまた然り、マスク美人に喜んでいるくらいが丁度良いのかもしれませんね。

 

2021年 新春号 紅月劇団 石倉正英
20210727-194233

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