夢ちがえ
法隆寺の夢違観音
梅が香を夢の枕に誘いきて さむる待ちける春の初風
なんとも朗らかな気持ちになる源実朝の美しい歌。これが詠まれたのは、きっとまだ梅が咲くか咲かないかの冬の時分のことでしょう。そんな時、梅の花の香りに包まれる夢を見て、やっと春がやってきた!と思ったところで目が覚める・・・。そう、良い夢というのは得てしてこれから!というところで目が覚めるもの。想い人が登場した夢など、さあこれから楽しい時間が、というところで目が覚めて、その続きを見ようと二度寝するけれども、無常にも全く違う夢が始まってしまう・・・。まこと、世の中は夢であってもうまくいかないものです。
逆に悪夢は、もうだめだ!というところで目が覚めて、あー夢で良かった!と思うもの。皮肉と言いましょうか、世の理と言いましょうか。
皆さんは何度も見る悪夢というのはありますか? 僕は子供の時分、ダムを上から覗いていたり、断崖絶壁のような足のすくむところから下を見ていて、なぜだか、あーもういいや!と、下に向かってダイブしたところで目が覚めるという夢をよく見ました。フロイトの夢判断は、僕にはどうも眉唾なような気がするのですが、この悪夢はまさに無意識の自殺願望の顕れだと言われたら、確かにそうだったかもしれないなという気がします。それほどまでに、子供の頃は大変な毎日を送っていたものです。まー多かれ少なかれ、誰しもあったことだと思いますが。
それが大人になって芝居に携わるようになり、特にここ数年の僕の見る回数ナンバーワンの悪夢は次のようなものです。
舞台の本番が近づいているのになんの準備もできずにいる。そして無常にも舞台の幕は上がり、お客さんがたくさんこちらを見ている。何かしようとするのだけど、何も思いつかず、何もできずにいる・・・そこで目が覚めるという夢です。夥しい寝汗をかいていることは言うまでもありません。本当に恐ろしい夢です!
今年は3年ぶりの鎌倉路地フェスタが開催されることになり、ちょうど今年から始めた一人芝居のプロジェクトで参加することになりました。そこでは澁澤龍彦さんの「ねむり姫」という作品をベースにしたオリジナル戯曲をやるのですが、そのねむり姫と同じ本に収録されているお話に「夢ちがえ」というものがあります。
ある女が、恋焦がれている男を自分のものにするために、その男が恋している恋敵の夢を奪い取ることで男の気持ちを自分に向けようとする奇妙奇天烈なお話。すごい方向から攻める女性もあるものだと感心してしまいますが、昔の人の夢の捉え方は、今のそれとは比べ物にならないほど重いものだったのでしょう。奈良の法隆寺には「夢違観音」というのが残されていて、これは悪夢を良い夢に変えてくれるありがたい観音様なのだそうです。
西洋のねむり姫、すなわち「眠れる森の美女」は、悪い魔女の呪いによって100年もの間延々と眠らされるわけですが、その呪いを緩和してくれた良い魔女の魔法によって、100年の間、楽しい夢ばかりを見て全く飽きなかったのだと言います。今回僕が上演するねむり姫の主人公、鎌倉時代の京の都のお姫様も、長い眠りについている間、楽しい夢を見られたのでしょうか・・・。
カジュ通信 2023年春・初夏号 紅月劇団 石倉正英
コメント