キノコの怪
泉鏡花きのこ文学集成(飯沢耕太郎編.作品社) 
今、頭の中にキノコがたくさん生えています。といってもやばい病気にかかっているわけではありません。単に8月下旬に予定している芝居の題材がキノコなので、頭の中がキノコでいっぱいになっているのです。
なぜキノコなのかというと、先日キノコ文学研究家なる方と出会い、その方がこの度「泉鏡花きのこ文学集成」なる書物を出版され、その記念イベントでキノコの芝居をやっては?とありがたいお誘いを受けたからなのでした。
ちょっと待って・・・キノコ文学なんてジャンルがあったっけ? それがあるんです。定義は単純明快、キノコが出てくる文学であればそれはすべてキノコ文学とのこと。面白いところに目をつけられたものです。
キノコは生物学的に言うと菌類に分類されます。菌類と言われるとカビや細菌、病気を引き起こすものも連想されあまり良いイメージが無い。一方で酵母菌のように美味しいパンや味噌、醤油などを作ってくれるものでもある。キノコも美味しいものもある一方で毒や幻覚作用を持っているものもあり、虫の体を乗っ取ってそれを栄養分にして成長する冬虫夏草などという恐ろしいものまである。
驚くべきは菌類というのは植物でも動物でもなく、その中間的な存在なのだそう。人間にとっては毒キノコであっても、その根のような菌糸を地中深くに張って、木が栄養分を吸収するのを助けたり、木と木のコミュニケーションを司っているという説もある。我々の認識するキノコは、その菌糸ネットワークからほんの一瞬、地表に顔を出したものに過ぎないのです。雨が降った翌朝、思いもかけぬところに驚くべき色形をしたキノコが生えていることがある。雨後の筍ならぬ雨後のキノコ。しっかし、なにをどうしたらこんな短時間にこんな奇妙な形のものを形成させられるのか・・・不思議です。
狂言に「茸(くさびら)」という作品があります。ある男の家に得体のしれない巨大なキノコが生えて、取っても取っても生えてくるので気味が悪くなり山伏に祈祷をお願いする。ところが山伏が祈るごとにキノコがどんどん増え、最後にはひときわ巨大で毒々しい奴が出てきて「取って食おう、取って食おう」と言いつつ主人と山伏を追い掛け回すというお話。実に面白い作品ですが、いみじくも人間とキノコの関係を良く表していると言えるかもしれません。
子供のころ、父は秋になると良く山に入ってキノコ採りをしました。ある時、それは見事な大株の舞茸を見つけました。舞茸はブナの切り株に生えるキノコで、ご存じの通りとても美味しいキノコ。今では養殖モノもたくさん出回るようになりましたが、かつては養殖がとても難しく天然物しか手に入らなかった。しかも、滅多に見つからないことから見つけると嬉しさのあまり舞を舞ってしまうことから舞茸と名付けられたとか。その時の父も踊りださんばかりの嬉しさに即座にごそっと取って喜色満面で帰ってきました。が、後日キノコ採り名人にその話をしたところ「危なかったねー」と言われました。いわく、舞茸の下は蝮の寝床になっていることが多く、良く舞茸取りが蝮にかまれて死んでしまうのだそう。それゆえ、まずは蝮がいないかを良く確かめてから取るのが鉄則とのこと。その日の父は本当にラッキーだったのでしょう。ご相伴に預かった僕たちもまた。
カジュ通信 2024年夏号 紅月劇団 石倉正英



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