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セヴィニエ夫人の手紙

20260221-202522  セヴィニエ夫人(ルフェーブル画)

 このコラムを書いている週末に「セヴィニエ夫人の娘への手紙」という舞台に出演させていただくこととなりました。

セヴィニエ夫人というのは、17世紀のフランスにいた貴族の奥さんで、娘フランソワーズに宛てた膨大な手紙が「文学」として評価され、今もフランスはもとより日本でも翻訳本が出版されているというスゴい人です。

 夫のセヴィニエ侯アンリは、他人の奥さんを巡って決闘し、早くに亡くなりました。セヴィニエ夫人は25歳という若さで未亡人となり、その後二度と結婚しなかったのだそう。
それが故かどうかは定かではありませんが、愛する娘が嫁いでからというもの、必ず週に二度娘に手紙を送り、そのやり取りは終生続けられたのでした。
 その内容からも娘の溺愛ぶりは恐ろしいほどで、そんな熱い手紙を週2回送られてくる娘は相当なプレッシャーだったのではないかと邪推してしまいます。

 それらの手紙は送る過程でインターセプトされたのか、なぜかコピーされて密かにサロン内を回覧されていたのだそう。それを知った後も婦人は、回覧されても良いようにとても巧みに手紙を書き続けたのだそうです。
 奇しくもそれが後世、文学として評価される所以になったのかもしれません。

 僕自身、手紙からメール、そしてチャットへと時代が移り変わる中、手書きの手紙のあたたかさがとても好きで、かなり頻度は減りましたが、今でもここぞというときは下手くそな字で手紙を書いて送ります。手紙という距離感・時間感がなんとも言えず好き。
 そんな性分からか、主な通信手段がメールになっても簡略的な表現が苦手で、手紙のような文章を書き、何度も推敲してから送ったり、チャットになっても事務的な要件の時は別として、リプライは遅く、ついメールのような長い文章になってしまう。あたかも一世代ずつ遅れて進んでいるような気がします。笑 一文字で相手に気持ちを伝え、句読点にプレッシャーを感じる今時の若い子とうまくコミュニケーションがとれる日が来るだろうか・・・。

 と、ここまで書いてきてふと気がつきました。手紙のようなメールやチャットを送るというのも相手によりけり。心の会話ができる相手には手段を問わず必然メッセージも長くなるのだ、と・・・当たり前の話ですが。

 実家を離れて以来、随分母とも手紙のやり取りをしました。メールへの移行も割とスムーズで、携帯メールでも結構コミュニケーションを取れていました。が、歳をとってきて段々とメールの誤字・脱字が目立つようになり、返信が来ないこともしばしば。

電話をすれば良いのですが、電話嫌いな僕はついつい面倒で、逆にふとまた手紙でのやり取りを復活させてみました。するとちゃんと返信してくれるようになり、手紙での距離感・時間感が再び心地よく・・・きっと母も同じ思いだったと思います。しかしやがて「出したんだけど戻ってきちゃって・・・」という電話が来るようになり・・・。
最後に送ってくれたのは「ヴァイオリンとクラリネットのろう画」の絵葉書。いかにも母らしいセレクトの面白い絵で、それは今も机の脇に飾っています。




カジュ通信 2025年夏号 紅月劇団 石倉正英

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