特別寄稿(Contribute)

死んだ人と生きている。

那須在住の詩人 平間いなほ さんの寄稿です。

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みゆのぐるんとデンマーク日記Vol.4

こちらの記事は紅月劇団の看板女優としても知られた伊藤美友さんの4回シリーズの特別寄稿です。
今回が最終回!

2024年新春号

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みゆのぐるんとデンマーク日記Vol.3

こちらの記事は紅月劇団の看板女優としても知られた伊藤美友さんの4回シリーズの特別寄稿です。

2023年秋・冬号

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みゆのぐるんとデンマーク日記Vol.2

こちらの記事は紅月劇団の看板女優としても知られた伊藤美友さんの4回シリーズの特別寄稿です。

2023年夏号

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みゆのぐるんとデンマーク日記Vol.1

こちらの記事は紅月劇団の看板女優としても知られた伊藤美友さんの4回シリーズの特別寄稿です。

2023年春・初夏号

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小さなライフセーバー大活躍! その2

こちらの記事は鎌倉市立第二小学校3年生、そしてアンダンテ・ピアノ・ストゥーディオの生徒・大野晴(はれ)さんの特別寄稿、第2弾です。

2023年春・初夏号

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小さなライフセーバー大活躍!

カジュ通信 2022年 秋・冬夏号

こちらの記事は鎌倉市立第二小学校2年生、そしてアンダンテ・ピアノ・ストゥーディオの生徒・大野晴(はれ)さんの特別寄稿です。

 

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鎌倉に古い町名を復活させる

カジュのある二階堂に隣接して「西御門(にしみかど)」という町名がある。一丁目と二丁目があるが、かつてこの二丁目界隈は「東御門(ひがしみかど)」という地名であった。これは三度移転したといわれる鎌倉幕府の最初の建物、大蔵幕府(現在の清泉小学校)の東西南北にそれぞれあった門に由来する。南御門、北御門はすでに完全に地名からは消えており、東御門も住居表示からは消え、「西御門二丁目」の表示となっている。
鎌倉は京都に模して、風水の「四神信仰」を鑑みて建設された都市といわれる。当然、「方角」には大きな意味があり、現存する寺社仏閣の位置にも、それを念頭においた歴史的由来がある。それらを無視して「東」をいとも簡単に「西」にくくってしまうのは、少々乱暴な気がして長年気になっていた。カジュ界隈の「大蔵」、瑞泉寺界隈の「紅葉ヶ谷」、極楽寺界隈の「月影ヶ谷」、そのほか鎌倉十井、塔の辻、塔の窪など、自宅住所に記すことができたら、さぞや心楽しかろうと思われる地名は数知れないが、そのほとんどは住居表示から消えている。

住居表示の変更などはどこが行なう仕事なのだろう。古い歴史的地名を復活させるとしたら、どのような活動が有効なのだろう。

昭和37年に制定された住居表示法を受け、今日に至るまで全国で住居表示改正が行なわれているが、郵便、流通面で便利になった一方で、先人が残した自然災害を警告する地名や歴史的地名の多くが姿を消しているという側面もある。
改正は市町村単位で行なわれることが多いようで、鎌倉に関しては鎌倉市役所市民課住居表示担当が事にあたっている。実際、昭和37年より、鎌倉でも順に住居表示が改正されており、鎌倉市HP : 鎌倉市の町名称及び住居表示の実施状況にその経過が公開されている。
改正に当たってはまず、その地域に対して説明会などを行い、鎌倉・大船警察、関連地域の自治会役員、商工会議所、東京電力などをメンバーとした審議会が市民課を事務局として立ち上がる。その際、要望があれば50人以上の署名をつけた要望書を出すと、この審議会にかけられる。今のところ、これまでの改正で古い地名の復活という例はないといい、また、既に改正が終わっている地域については、古い地名の復活のための制度は鎌倉市にはない。ただ改正に伴って生じる関連市民・企業の経済的負担(名刺やチラシの刷り直しなど)を軽減する支援制度は設けられている。

そんな中、歴史的地名の復活に成功した石川県金沢市に電話取材した。金沢は周知の通り加賀藩によって栄えた城下町で歴史的地名が数多く残っていたが、昭和37年以降、やはり次々と消え去っていた。がそれを惜しむ声が上がり、平成3年、経済同友会が旧町名の復活について提言を行ない、平成8年3月には市議会おいて旧町名復活について質問があり、住民の総意による復活要望があれば、検討する旨市長が答弁し、以来今日までに、主計町(かずえちょう)、飛梅町、下石引町、木倉町、柿木畠など11の旧町名が復活している。その経緯については金沢市のHP : 旧町名復活の歩みに詳しい。平成16年には「金沢市旧町名復活の推進に関する条例」が市議会で可決している。取材した金沢市市民共同推進課の話によれば、「私たちは単にノスタルジーで旧町名を復活させようとしたのではありません。いちばんの目的は、少子高齢化をふまえた『コミュニティ再生のきっかけづくり』にありました。また、旧町名が復活することにより、観光事業への経済効果も望めると考えました。」
大きなくくりに飲み込まれ消えてしまう人と人との触れ合い精神=コミュニティづくりに古い地名が一役買うに違いない、またそれが町の経済の発展にもつながると考えた金沢の人々のセンスに拍手を送りたい。(事実、最初の提言が教育委員会などではなく、経済同友会によって行なわれていることからも生活に密着した問題として旧町名復活をとらえていることがうかがえる)

同じ観光都市である鎌倉も、この例に学べることは多いと思う。調べてみて、この問題に取り組むとき、国や県を動かさずとも市のレベルで運動ができることがわかったのは大いなる希望である。ただ、実際に取り組みだせば高い壁も多く道のりは険しいに違いない。まずは私たち市民が鎌倉に残された古い地名についてよく知ること(知れば愛さずにいられない地名がたくさん!!)からはじめてみるのがよさそうだ。

今すぐ古い地名を住居表示に反映するのは無理にしても、せめて不動産、建築関連の企業を巻き込みながら、マンションやアパート、店舗の名前に美しい鎌倉の地名がひとつでも多く使われるよう働きかけるところから、私たち一人一人が動き出してみるのはどうだろう。「シャトー○○」も悪くはないが、「月影寮」「獅子舞荘」「琴弾庵」などが町にあふれたら、鎌倉に住んでみたいという人は今よりもっと増えるのではないかと、そして子どもたちが地名の由来を知って、もっと自分たちの町に誇りと愛情をもってくれるのではないかと、心密かに思う、今日このごろ。

文責 : たなか牧子

<<協力>>
 ・鎌倉市役所 市民課住居表示担当
 ・金沢市役所 市民共同推進課
<<鎌倉の地名を知る>>
・「鎌倉の地名由来辞典」 三浦勝男/著  東京堂出版
・「かまくら子ども風土記」 2000円 鎌倉市教育センター(市役所内)他にて販売

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「紡ぎのギルド(組合)」 ニュージーランド生活(4)

カジュ通信2010年秋・冬号 より



「紡ぎのギルド(組合)」 ニュージーランド生活(4)

早いもので、これを書いている今はもう10月、みなさんがこれを読む頃は11月でしょうか。
日本では、金木犀が香っていると聞きました。あの香りはもちろん、オレンジの小さい花が落ちている様子もなつかしいです。あの粘土で作られたような、ぷっくりした花びらが好きです。

ここ、南半球のNZでは、10月は春と初夏の中間です。そして驚いたことに、桜をあちらこちらで見ることができます。庭先に植えられていることが多く、今のところお花見をしている人は見たことがありません。ソメイヨシノや山桜以外の、今まで日本では見たことのなかった種類の桜も多く見かけました(ただ 単に詳しくないからかもしれませんが)。



最近、念願だった紡ぎのギルドに通い始めました。NZには、「Creative Fibre(イギリス英語でFiber)」という名前の、「紡ぎ/染め/編み/織り/フエルト、またはflaxで作るのが好きな人たち」が集まる大きな組合があるのです(まるでカジュみたいですね(笑))。
意外に規模は大きく、HPによると3千人が参加しているそうです。さすがは羊が人より多い国だと思います。

私は、自分の家から近い、紡ぎと編み物のギルドに2週間に1回参加しています。だいたい、参加者はいつも10人前後で、年配の方が多いです。
小さい紡ぎ車を持ってきて紡いでいる人もいれば、編み物をしている人もいます。(ちなみに、紡ぎ車は、小さい「持ち運び用」と大きい「家用」を使い分けている人がほとんどでした。日本には紹介されていないと思われる、昔ながらの紡ぎ車を使っている人が多いです。いろいろな種類があります。)
私の大好きなスピンドルで紡ぐ人もいて、私がスピニングパーティーで購入した、日本から持ってきたスピンドルを見せたら大喜び、大人気で、「スピンドルのロールスロイス(!)」とまで言われました。確かに日本を離れると、日本の手仕事のすごさというものを強く感じます。
また、おうちで飼っているワンちゃん(サモエドという種類と言っていました。白くてむくむくした犬)の毛と羊毛を合わせて紡ぎ、セーターを編んで着ていたり、庭で取れた植物で染めた羊毛を持ってきたりという人もいます。

そして、おもしろいなと思うのは、このギルドでは言葉の壁を全く感じないということです。バイト先や日常の生活の中では、言葉が出てこなかったり、伝わらなかったりと、悔しい思いをすることもありますが、ここでは紡ぎ/編みだからなのか、それともそれが好きなことだからなのか、通じ合っているという感覚があります。不思議だし、とても嬉しいです。
もしかしたら、手仕事は言葉を超えるということでしょうか。そんな感じがひしひしとします。

文 : むかい りえ

2009年11月より2年の予定でニュージーランド、北島のウェリントンの在住。たなか牧子造形工房の仲間。義母さまから習い、欠かせないものになった糸紡ぎのことやNZの生活について書いているブログ「みはるかす」は必見。

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「捕鯨について」ニュージーランド生活(3)

カジュ通信2010年春・初夏号 より



「捕鯨について」ニュージーランド生活(3)

この間、環境保護団体(時にはその攻撃性からテロリストと呼ばれることもある)、シーシェパードのピーター・ベスーン船長が執行猶予付きの判決を下され、日本からニュージーランドへ帰って来ました。

日本が行なっていた「南極海での捕鯨調査」をやめさせようとした、この事件。日本ではどのように放送されていたのか分かりませんが、こちらでは、常にトップニュースといった扱いで、何か進展があるたびに放送されてきました。国営のテレビからもラジオからも「JAPAN」と聞こえる時は、大方が捕鯨の問題と言っても 過言ではない状況でした。そして、当然といえば当然でしょうが、日本は、「ニュージーランド海域の南極海まで来て、調査捕鯨という名目で、高等な知能を持つ鯨を殺すひどい国」という感じで、血を流した鯨の姿が何度も何度も映像で流されていました。そして、シーシェパードは、このひどい捕鯨を体当たりでやめさせようと した行動力のある団体・・。これから、この船長はもっとメディアに出るでしょうから、これからますます、こういう放送が増えていくかもしれません。

私個人のことを言えば、捕鯨にはいい印象を持っておらず、どちらかといえば反対です。世代的に、給食で鯨の肉を食べたこともありません。関東で生まれ育ったため、鯨肉への馴染みも薄いです。
なので、そもそも鯨を「食べもの」として捉えたことはありませんでした。だから、捕鯨に対する嫌悪感も理解できます。ただ、一方的に日本を「悪」と捉えて違法だと主張するシーシェパードの言葉をそのまま流す、ニュージーランドのメディアのあり方には、疑問を持ちました。ニュースでは、日本人の歴史や立場などは全く取 り上げず、国際法における合法性についても述べられていません。(ただ、この放送を見て、一般のNZの人たちがどう思うのかは分かりません。今のところ、聞かれたこともありません。)

日本にいる時は、「捕鯨を力ずくでやめさせようとする、怖い(困った)団体」と思っていたものが、国が変われば「英雄みたいなもの」になること。価値観がぐらぐら揺らぎます。
でも、この揺らぐことが、大切なんだなとも思います。


 
                          

文 : むかい りえ

去年11月より2年の予定でニュージーランド、北島のウェリントンの在住。たなか牧子造形工房の仲間。義母から習い、欠かせないものになった糸紡ぎのことやNZの生活について書いているブログ「みはるかす」は必見。

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