イタリアからの手紙(KAWAMOTO)

川本真理の「イタリアからの手紙」

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ピアニストであり、料理人でもある川本真理さんの、
心にもカラダにも美味しいお手紙集です。

2017年 新春号

2016年 秋・冬号

2016年 夏号

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イタリアから鎌倉への手紙 3 「 春へ 」

 お元気ですか?冬から春へ移りゆく季節、市場では美味しい青菜や色鮮やかな人参、蕪や大根が並び、 もう少しするとフキノトウや芽キャベツがで始める頃でしょうか。寒いけれど水面下で氷が少しずつ溶けて ゆくこの季節も好きです。

 イタリアに来て、料理からたくさんの学びをもらっていますが、一番よかったことは?と訊かれたら 迷わず、イタリアの人たちと一緒に働き日々過ごせたことです。日々厨房で働くなかで最初驚いたことは、 皆が冗談を言ったり歌を歌ったりして、楽しんで働いていることです。

 それから、シェフとコックの上下関係が殆どなく、自分の思ったことを正直にその場で言い合うことも。 もちろん、日本の職場だって意見を交換して働きますし、日本人の謙虚さ、相手の気持ちを察する繊細さ、 和を重んじる姿勢も素晴らしいと思います。一方でイタリア人が裏表なく言い合うこと、“自分と人は ちがう”前程で相手の考えをきく姿勢、若いコックさんもシェフにきちんと意見を言うこと、時には怒りを 見せ合うことで信頼関係を作っていることには刺激を受けました。

むしろ何も言わないと満足している、と思われてしまいます。傍らにいるこちらが耳鳴りするほどの激しい 言い合いの後は、気が付くと冗談を言い合って仲直りしていたりします。文化なのでどちらがいいという ことではないですが、子どもの純真さと正直さと優しさを持ったまま大人になったようなイタリア人たちと 過ごすなかで、私も頭でっかちな大人から素直なこどもに還っているような気がするのです。 

 実はイタリア人と働くなかで、私こそ、一緒に働く人達のことを仕事の技量や出来で見ていたのだと気付かされて、情けなく悲しい気持ちになりました。それ以上にその人の人生、暮らし、家族が大事なこと、仕事はその中の一部であり他を犠牲にするものではないことも、イタリアで痛感させられました。

 先日、ミラノの一つ星レストランのシェフをしていたFabrizioと一緒に料理をする機会に恵まれました。 彼が私に話したことばが忘れられません。
「料理の仕事で情熱と誠実さは必要だよ。でも一番大事なのは遊び心だ。人生が遊びだから。技術や知識は 必要だけれど、愛が大切だよ。愛があれば間違えてもいいんだ。」料理のひとつひとつの工程―それが下手で未熟であっても―を大切にして、自分に“YES”を言っていく、その積み重ねをしていこう、それが恐れや 否定を溶かしていける、人にも“YES”を言ってゆけるのかなと今は思っています。料理だけでなく、すべてのことに。

 こちらに来てまだ間もない頃、フィレンツェのアパートに住み、私はイタリアの人たちの胸に愛が赤く灯っているのがみえるように感じました。そのときのことを“花束”というピアノ曲にしました。生きてることに花をあげて祝福したい。次回はピアノのことも書きますね。

 寒いけれどたくさん笑ってお元気で!

(2017年・新春号)

川本真理

料理人、ピアノ弾き。
東京PURE CAFÉ、鎌倉のLife Forceを経て、現在イタリアで料理修行中。
2012年ピアノCD「カゼノカミサマノイルトコロ」発表。
カジュ・アート・スペースさんでピアノの練習をさせてもらう時間がとてもすきでした。
メールはこちら。

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イタリアから鎌倉への手紙 2 「 収穫 」

  お元気ですか?鎌倉の秋は山の紅葉や、レンバイ市場のおばちゃんが朝からストーブの焼き芋の匂い、 夕暮れの冷たい空気と商店街の灯りを思い出します。収穫の秋、こちら北イタリアのトリノでは、2年に一度のスローフードの祭典”salone del gusto”が催され、私たちのレストランもシェフのアレクサンドラと現地のレストランの厨房を一日任され、たくさんの料理をつくりました。メニューは例えば、鱒の燻製や黒トリュフとズッキーニのパテを挟んだ小さなパニーニ、黒胡椒とチーズのピエモンテ州産のお米のリゾット、紫じゃがいもと人参の2色のスープ、自分たちで収穫した葡萄のソルベなどなど。大きな野外会場には、イタリア各州だけでなく世界各国のブースが並び、それぞれの地域の伝統料理や農産物、ワインやビールが振る舞われ、世界中から来た多くの人たちで賑わいました。

 今回の祭典では、偶然にも私の10年来の友人が日本のスローフードの代表団として参加していたので 少し紹介をさせてもらいます。友人は小澤陽祐さん、Slowというコーヒー会社の代表で珈琲焙煎人。 Slowはブラジルやエクアドルの農薬や化学肥料に頼らず栽培されたコーヒー豆を、生産者さんに正当な取引きをするフェアトレード(公正貿易)で生豆を輸入し、日本で自家焙煎して全国に卸し売りをしています。私は学生の頃に小澤さんと出会い、しごとのお手伝いをさせてもらったことがきっかけで、食のしごとをして生きていきたいと思ったのでした。コーヒーの美味しさはもちろん、環境や社会問題に対して食をとおして貢献する在り方、まだオーガニックという言葉さえ浸透していなかった頃に、他にないから自分でつくる、自分のしごとを自分でつくる姿勢に強く魅かれたことがはじまりです。問題に対して声高に反対するだけでなく、毎日の暮らしから変える在り方、自分にとって正直で好きな生き方をしごとを通して表現したいと思ったこと、何より逆境があっても、いつも楽しそうでふざけているようで実はマジメな小澤さんの人柄に影響を受けたように思います。最近では原発を使わないで会社のエネルギーを自給したい、ということでソーラーエネルギーによる発電で焙煎を始めています。

 イタリアのスローフード運動に魅かれたのも、地産地消、伝統料理を守ることで生産者さん、環境、まちづくりなどに貢献する食による社会運動というところに、私の原点を重ねていたように思います。

 さて、私の暮らすピエモンテ州はワインの産地であり、シェフの旦那さんのビオの葡萄畑でも収穫の季節です。早朝の畑に出て、日が沈むまで葡萄の汁と土埃にまみれながら皆で手狩りをしています。
ずっしりと重い葡萄のバスケットは赤ちゃんのような嬉しい重み。収穫ということが一人ではできないこと、そしてこんなにも喜びがあるものなのだということを全身で感じている秋です。

(2016年 秋・冬号)

川本真理
料理人、ピアノ弾き。
東京PURE CAFÉ、鎌倉のLife Forceを経て、現在イタリアで料理修行中。
2012年ピアノCD「カゼノカミサマノイルトコロ」発表。
カジュ・アート・スペースさんでピアノの練習をさせてもらう時間がとてもすきでした。
メールはこちら。

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イタリアから鎌倉への手紙 ーその1ー

お元気ですか?鎌倉へお便りします。こちらは北イタリア、フランスに近いピエモンテ州の葡萄畑の山の上にある小さな町に暮らしています。もともとイタリアのスローフード運動に興味があったことや、旅ではなく、海外でその土地の言葉を話し、暮らして料理の仕事をしたい、という想いからイタリアに渡りレストランの厨房でコックとして働きだして早1年半が過ぎます。

レストランの日々のまかないは私の当番で、外の庭の長テーブルに白いテーブルクロスをバッと広げて、シェフとシェフの旦那さん、3人の小さな子どもたち、シェフの妹さん夫婦、おかあさん、おばあちゃんまで、下は4歳から上は95歳まで4世代、総勢10人が揃ってのお昼ごはん。
イタリアでは今まで3件のレストランで働きましたが、どこも家族経営で、こうして家族揃って旬の野菜や食材をたっぷり頂く風景に出会います。今は毎日、レストランの小さな畑でズッキーニが採れるので炒めものに、牛の心臓”cuore di bue”という名前の皺の刻まれた大きなトマト、赤玉葱、ラディッシュ、柔らかいチコリーの葉をサクサク刻んでサラダでお皿に山盛りいただきます。味の濃い旬野菜をたっぷり使ったごはんを家族で囲んで、おしゃべりしたり、食事中に家族ケンカが始まったり...風に吹かれて子どもたちや皆ひとりひとりの顔を眺めていると、このために毎日の料理をしているなぁとしみじみ思うのです。

レストランの野菜は、ほぼ90%地元のAlbaという町の野菜市場で買いだしています。地元の農家さんが 朝から野菜を並べる様子は鎌倉の市場を思い出します。初夏のいま時季の人参は、もうだいぶ細い、小さな ものが主流になっています。先日は野菜が足りなくて少しだけスーパーマーケットで買いだした人参は、 太くて大きく、そのときは何も感じなかったのですが、私がまかないでそれを使おうとしたら、シェフに 「それはfakeだから食べたくない。」と言われて本当にどきり、としました。日本でも一年中スーパーで 出回っている大きな人参の見た目はきれいで大きくて使いやすいけど、味が薄いことはわかっていたのに、 いつの間にか効率性からどこかで妥協して、感じなくなっていた自分がfakeである、と言われた気がしました。野菜だけではなく、様々なものに対して、多くの人が当たり前だと思っていることに「fakeだから要らない」と前向きに言える感性を持っていたいと思わされたのでした。
EU、イタリアではすべての遺伝子組み換え食品に表示義務があり、市場に占める有機食品の割合も比較的高く、意識の高さが伺えますが、同時に日々の食に対する五感が鋭いように感じます。
最近になってレストランの庭では野生の木苺が実りはじめています。料理で使う野草を摘みながら、 それを一粒口に放り込むと、舌とのどを通って心臓にひびくような、何にもこびない嘘のない野生の強い 味がするのです。

そんな味を見極めたい、伝えたい、料理そのものよりもそんな感覚を育てているこの頃です。

料理人、ピアノ弾き。
東京PURE CAFÉ、鎌倉のLife Forceを経て、現在イタリアで料理修行中。
2012年ピアノCD「カゼノカミサマノイルトコロ」発表。
カジュ・アート・スペースさんでピアノの練習をさせてもらう時間がとてもすきでした。
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