2019/08/04

八寸帯 「水夢想」のこと

Suimuso03Suimuso01

工房の北側の敷地は、23年前の開設当初は篠竹、黒竹、四方竹の竹やぶでした。そこにカキノキだのネズミモチだのが埋もれていて、その木も、竹やぶに埋もれる一本でした。

少し見上げる程度の若いその木には、春先からしゃわしゃわと軽やかな葉っぱが生えてきて、夏には小紫の涼し気な花がついて、秋にはビー玉大の黄色い実がたわわにつきます。調べてわかった名前はセンダンでした。わざわざ植えたのではなく、鳥が運んだ種が芽吹いて育ったようです。

葉が落ちた後も木に残る、そのたわわな実のさまが、数珠のようであることから 「センダマ」(千珠)といわれ、これが転じてセンダンの名となったという説や、実の多くついた様子を「千団子」に見たてたという説などがあるそうです。

材は細工がしやすく、建築用装飾、家具、木魚、下駄などに用いられるとか。アウチの名で万葉集にも詠まれています。

よく、「センダンは双葉よりかんばし」というので「どれどれ」と顔を寄せて匂いを嗅いでみましたが、確かにすっきりした蒼々しい香りはするものの、別段芳香というわけではないような・・・。調べてみると、この場合のセンダンとは東インド、マレーシアの原産ビャクダン科の栴檀(せんだん)で全くの別人でありました。

実は「苦楝子(くれんし)」という生薬にもなり、整腸、鎮痛薬として腹痛や疝痛(せんつう)には、煎じて服用。木の皮を乾燥させた「苦楝皮(くれんぴ)」は、虫下しになるそうです。

竹やぶはこの23年の間に少しずつ刈って、今では敷地の境界線の塀周りだけになり、畑も藍染のスペースもできました。センダンは竹の勢いが治まると気を良くしてすくすくと育ってゆき、ついには直径40cm、高さ12m程の巨木なりました。8年ほど前、春先の枝葉をアルカリ抽出して染めてみたら黄緑色が染まって、以来、春から夏にかけて折々糸を染めていました。

ところが、ある年から急に新芽が出なくなりました。「あれ?おかしいな。」よくみたら樹皮の様子もなんか、いつもと違う。妙にツルツルしているぞ。

庭師・大島親方にみてもらったら、「この木はもうだめですね。」・・・え?

原因はタイワンリス。
歯を研ぐためにセンダンの樹皮をぐるりとかじってしまったのです。木は、水を吸い上げる管が皮の内側にあるのだそうで、幹の一部の皮を剥がれたぐらいなら、いくらでも再生するそうですが、ぐるりと一周かじられてしまうと給水経路を絶たれてしまい、もう助からないのだそうです。コンチクショウ、憎たらしいタイワンリスめ! あ、樹皮は虫下しの生薬だった。うーん、ここまで敵のようにかじったのは、腹具合でも悪かったからなのか?
木はどんどん立ち枯れ状態になり、高いところの枝が次々と折れて落ちてくるように・・・。風で倒れると危ないので、決心して親方に大きな枝と幹の一部を切り落としてもらいました。

Sendan05

もう、あの夏の涼し気な花は見られないのかぁ、かわいい実も集められないのかぁ。

ところが翌年の春、残った幹の先から小さな若い蘖(ひこばえ)が出ているではありませんか! 枝や幹を切ったことが刺激になったらしく、死にかけたセンダンの命に火がついたようです。みるみる瑞々しい枝葉を取り戻し、命は静かに、でも力強く蘇りました。起死回生の4文字は、まさにこの様を表しているのだと思いました。

少し取っても大丈夫そうなくらい緑の枝葉が生え揃ったので、久しぶりにこの夏、染めてみました。
アルカリ水で煮出した染液の色は、今まで見たことのない、キラキラした青春の輝きと、再び水を蓄えた喜びに満ちた青々しい翡翠色!
麻糸を浸すと、透明感そのままに、すうっと、翡翠色は糸に移ってゆきました。

クサギで染めたちょっとヲトナな緑の糸や、ナンテンの銀色、化学染のスカイブルーの糸などにも加わってもらって、8寸の単衣帯に織り上げてみました。
身につけている人にも、それを見た人にも、涼を感じてもらえますように、気持ちの滞りをすっと流してくれますように、そんな願いを込めて。

昨日、伊と彦さんに納品しました。お手にとってご覧いただき、復活のセンダンの命を感じていただければ幸甚です。

Senda06jpg_20190804152401

| | コメント (0)

2019/07/20

カジノキ・押しも押されぬカミサマ色

Kaji02 Kaji03

【学名】  Broussonetia papyrifera    
【英名】  Spearmint
【別名】  ノロカジメ、アマタ、イヌタ
【生薬名】 楮実(ちょじつ)、楮桃、穀実(こうじつ)
【科】     クワ科

学名の「papyrifera」は、「紙をもった」の意。実際コウゾの仲間で、古い時代においては、ヒメコウゾとの区別が余り認識されておらず、現在のコウゾはヒメコウゾとカジノキの雑種といわれています。

また、江戸時代にシーボルトもこの両者を混同してヨーロッパに報告したために、今日のヒメコウゾの学名が「Broussonetia kazinoki」となってしまっているそうです。

古代より、神道では神聖な木とされ、諏訪神社の家紋にも用いられています。
Kaji09(鎌倉市玉縄にある諏訪神社のお正月祭事にて)

平安期には七夕行事において、カジノキの葉っぱ7枚に願い事を書く習慣がありました。これが現在、笹に短冊を飾る風習のもととなっています。
紙が高級品であった平安期、この大きな葉は、お習字の練習に使われていたんだそうです。短冊を飾るのは、文字の上達を願うという意味もあるそうです。

鎌倉鶴岡八幡宮の七夕祭事では、カジの葉っぱをかたどった短冊に願い事を書くことができると聞き、7月7日に、どれどれ、とでかけてみました。あ、ホントだ。
Kaji04

せっかくなので、一つ求めてお願い事を書いてきました。
ピンクと緑2枚で一組のカジの葉短冊は、一組ずつ、撚っていない麻の繊維でくくられています。
舞殿の周りに設けられた、お納めする結び処には、本物の梶の葉もくくってあります。
Kaji07 Kaji06

舞殿の脇に、梶の木があって、実がついていました。
ちょうど、神事に使われるのでしょう、神官さんたちが葉をとっておられました。
Kaji01

ちなみに、七夕飾りの「吹き流し」は、織姫が機織りに使う糸を表していて、機織り、裁縫などがうまくなりますように、という願いが込められているそうです。
Kaji05

和漢三才図会には「楮(こうぞ)」の項目に「穀(こう)と楮(ちょ)は同一種で枝葉もよく似ており、はっきりと区別することはできない」とあります。おそらく、ヒメコウゾとカジノキではないかと思います。さらに「皮をはぎ、搗いて煮て紙に造る。またつむぎ練って布につくる」とも。

生薬としても用いられていたようで、楮実・楮桃の名で「精力萎縮・水腫を治す。気を益し、肌を充実させ、目を明らかにする。長らく服用すると飢えず老いず、筋骨を壮健にして虚労を補う。」とあります。使えるな、カジノキ。

八幡宮の木から試染用に葉っぱをいただくのは無理そうだわね・・・。こりゃやっぱりどこかで調達してこなきゃ・・・とつぶやいてみたら、なんと、お庭に植わっているという大和市の方が、わざわざ送ってくださいました。(感謝!!)

どうやら雌の木。枝葉を煎じたところ、生薬の効能を反映するような濃い液となり、どの媒染でも、冴えわたった強い色を得ました。
すず媒染で鮮やかな山吹色、銅で鶯茶、鉄では冴え冴えした緑味の黒

コウゾの花言葉は「過去の思い出」 。カジノキも、紙の材料となり記録を留めたという点で、同じ花言葉と考えよいのでは。コウゾの季語は仲夏ですが、「梶の葉」では秋。

◎参考サイト / 文献◎
http://ja.wikipedia.org/wiki/カジノキ
https://hananokotoba.com
http://www.hana300.com
・「原色牧野日本植物図鑑 コンパクト版 2」 北隆館
・「和漢三才図絵」/寺島良安 第84巻
・「花と樹の事典」木村陽二郎 / 監修 柏書房
・「よくわかる樹木大図鑑」平野隆久/著 永岡書店

 (C) Tanaka Makiko たなか牧子造形工房  禁転載

| | コメント (0)

2019/07/19

袱紗のこと

Img_9291

裏千家のお茶の先生に、出袱紗を織ってほしいとご依頼を受けて、勉強をはじめました。

流派によっていろいろサイズがあるようですが、これといった約束事はない模様。
袱紗とも帛紗とも綴ります。「帛」は絹の布を指すようなので、他の素材ではだめなのかしら?「うーん、そんなことないと思うけど・・・」と先生。そっか。
お茶碗がひきたつ、おもてなしの心が伝わる、場を超えない・・・がポイントでしょうか。あとは季節感ですね。

縫い目を見せない「かぶせ」に仕上げるのは、袱紗を長持ちさせる知恵なんでしょうね。

小笠原流のお作法の本を繙いて感じたのは、日本のお作法の基本は、
・人への気遣い
・体の機能に無理をさせない
・モノが長持ちするように扱う
の3つに集約されるということ。(私感です、あくまで。)

お茶にはそんな心がぎゅっと詰まっているのだろうな。

そんなことを想像しつつ、袱紗用の布、あれこれ織っています。

| | コメント (0)

2019/07/18

帯「十三年だより」のこと

13year_obi

 

ここ2,3年は、やっと時間的余裕が少しできてきたので、自宅と工房のモノの整理に取り組んでいます。
テーマは「死蔵品に活(喝?)をいれる」。活かせると思うものだけ残す。手元にあるものは活かしきる。・・・でモノとあらためて向き合ってみると、タンスの肥やしが日の目を見て結構ワクワクいたします。

工房の材料棚にも、忘れられた布だの糸だのが、かなりひねくれた様子でしまわれていました。
その中に、正体不明の整経した経糸が。「なんじゃ、こりゃ。」

整経とは、計画に従って、糸の長さ、密度を決め、必要な本数を機にかけられるよう準備することをいいます。ほとんど色らしい色のない、至極ナチュラルな糸の束。測ってみたら6m強あります。ただ、幅が皆目検討がつかない・・・。「一体、なにを織る気でいたんだろう、アタシ。」

ここでもう一度しまってしまったら、死蔵品が増えるだけだ、と一念発起し、とりあえず、幅がどのくらいあるか確かめるために、いつも自分がよく使っている25羽/クジラ筬(おさ・糸の密度を決める竹のクシ)に粗筬通ししてみました。

すると、25羽丸羽通しでぴったり8寸。ここへ来て、私の頭の片隅から古い記憶が蘇った! 「そうだ、これは!」

次の日。いつも私が織った帯を商ってくださる扇ガ谷の伊と彦さんに伺ったら、女将から注文をいただきました。「仕立てをして締める薄い帯を織ってくれますか。」夏に使える、涼し気なスケスケした帯か・・・今までのは、緯糸に太い麻をいれて、そのまま一重で使える厚めのざっくり帯が多かったので、うん、面白そうだ、やってみよう、とお引き受けしました。

工房に帰ってきてから、粗筬通しされた謎の整経をみて、これは運命だ、とあらためて思いました。

謎の整経は、2006年に開いた個展のために準備した、3本の帯のうちの1本だったのです。
その年は、ガンを患った母が、いよいよ体調を崩し、やはりガンを患った父が介護にあたっていて、それを横目に見ながら、自宅と行き来して掃除だの食事の支度だの、病院への送り迎えなどをしていた頃でした。息子は翌年から中学生という年齢。日に日に弱るおばあちゃんを見るのがよほど辛かったのでしょう、この頃から家で荒れるようになってきました。稼がにゃならんので私も正直、ぱつんぱつん。それでも、展覧会だけはどんな言い訳も持ち込めないので、徹夜で(いまはできん!)せっせと商品を作っておりました。3本織るつもりだった帯・・・でもどうやっても初日に間に合わない。しょうがない、1本諦めよう。

当時の物事の優先順位を考えれば、その決断は正しかったのでしょう。ですが、「女なんだから、こういうときは仕事は犠牲にして当たり前でしょ」」という暗黙の圧力に負け、プロの看板を上げた作家として一番手を抜いてはいけない仕事をひとつ端折ったという、どうにも始末のつかない感情に苛まれ、自己嫌悪になり、しかも、どこにもその気持を持っていけないという状況に追い込まれました。「なかったことにしよう」・・・どこかで私はそう思ったのです。だからすぐには思い出せなかった。

そんな過去のやりきれない思いの遺物に、とびきり粋な京女将が、新しい命を吹き込もうとしてくれている! もう、そうとしか思えず、頂いたご注文にはこの経糸を使おうと決めました。

女将のご注文は、未晒の麻のようなナチュラルな色合いで、色模様は殆どないもの、とのこと。この経糸はまさにそんな感じです。データをたぐってみたら、ナンテン、アジサイ、クマザサ、ニワウルシ、マキ、などで柔らかな色に染め上げた糸たち。しかも、縞が出ないよう、不規則に糸の順番を入れ替えた整経です。これを、仕立てることを見越して9寸に広げなければいけません。そこで、模紗織(もさおり)という、レース模様のように穴があく計画に変更してみました。

緯糸は、生徒さんが新潟の畑で育てたセイヨウオトギリソウで染めたフレンチリネンと、これまたご厚意でいただいたティートゥリーで染めたシルクを使いました。

その翌年の暮れ、母が他界、続いて1年半後に父も他界。今は息子も独立。好きなことを見つけたようで、元気にやっています。

あのとき、無理矢理に蓋をしてしまった負の感情が、13年たって、周りの人の愛情と植物たちの力のおかげで解き放たれて、気持ちがすれ違ったまま逝ってしまった両親にも、「おかげさまでアタシ、たいへんたのしくやってますよ」と彼岸に手紙を送ったような気持ちになりました。

女将がどんなお着物に合わせてくださるのか、とても楽しみです。 
感謝にかえて。

 

| | コメント (0)

2019/06/20

さくら帯

Img_9035 Img_9033 Img_9034

今年の3月、北鎌倉コットンのまりみさんからメールが来ました。

「ソメイヨシノを伐ったんですが、染料に枝、いりませんか?」ご自宅の改築のため、どうしても伐らなければならなかったその大木には、今にも咲くかという蕾が、びっしりとついているという。

そんな時期の桜の枝が手に入ることなど、千載一遇のことなので、「ぜひ、いただきたい。」とお返事しました。

明くる日、自転車に信じられないほどのたくさんの枝を積んで、まりみさんが工房にやってきました。(ありがとう!)「まだあるんです。使われるようならおっしゃってください。」と言ってくれました。まりみさんにしても、本当は切りたくなかった木、少しでも命をつなぎたい気持ちが伝わってきます。これは責任重大だ。

染織家・志村ふくみさんの「一色一生」に、「開花前夜の桜の枝で糸を染めると、まさしく桜色が染まった。」という記述があります。これを志村さんは「まるで桜の木が全身で花の色を準備していたようだ」と読み解いています。

工房でもサクラの染色は折々やっていますが、花の時期の枝はそうそう手に入るものではありません。だいたい、夏の終わり頃に市が剪定する桜並木の枝などを頂いてくることが多い。
そのころの色は、銅かアルミの媒染で櫨色香染など、茶味が強い色合いになりやすく、特にソメイヨシノは、八重桜や山桜と違って、黄色味が強く上がることが多いのです。

しかし、いただいたソメイヨシノは、そのまま花瓶に活けたら、翌日には花が咲きそうな、みずみずしい蕾がたわわについていて、枝全体も、心なしか赤みがさしているように見えます。これは今までのソメイヨシノと違う・・・。

説明できない「ざわつき」が、胸の奥に沸いてきて、「これはすぐ煮出さなればいけない」、直感的にそう思いました。

さっそく、荒切りしてある枝をさらに細かく切って、鍋にたっぷりはった水の中に。そこでふと、余すことなく色を取り出したいと思い、アルカリ水で抽出してみようと思いたち、水に重曹を加えることに。で、点火。

他の仕事をしながらコトコトと半日煮出し、鍋を覗いて息を呑んだ。

染液が、深いボルドーワインのような色になっていたのです。

その色には、ただ「美しい」では片付けられない「なにか」が確かに宿っていました。まさに咲こうかという時期に、幹から倒された木の、口惜しさとも、情念とも思える「業」のようなものが。

恐る恐る、下処理した太番手のリネンの糸をその業のるつぼに浸してみると、色はまたたく間に糸に移っていきました。火をとめてしばらく浸したあとに銅で媒染し、ふたたび液に浸して一晩浸け置くことに。

翌朝、鍋の蓋を取ると、染液にはほとんど色は残っておらず、かすかに薄黄色の透明になっていました。糸は、そのサクラのすべてを吸い尽くし、少し茶味の葡萄酒色に上がりました。

干した糸を眺めて、頭を抱えてしまった・・・。「この先、どーすりゃいいんだ」。それまでなんとなく頭の中で描いていた織りの計画は、もろくも糸の迫力に吹き飛ばされてしまい、真っ白になってしまいました。

2ヶ月が過ぎ、3ヶ月が過ぎた頃。糸の色は少し落ち着いてきましたが、いまだ深い業にもがいている糸に、なんとか「安住の地」をみつけてあげようという気にやっとなり、経糸を準備にとりかかりました。

着物の世界では季節を意識した装いが約束で、草花をモチーフにした柄の場合、その開花期を少し先取りするのが習わしです。ですが、サクラだけは、全面に花があしらわれているようなデザインに限っては、通年着ることができます。つまりいつでも咲かせられる。「これでいこう。」

この春、咲かせることが叶わなかったソメイヨシノに、いつでも咲いていられるような「安住の地」を作ってあげよう。柄は大きくせず、遠目には無地に見え、どんな着物とも合わせられて、一年を通して使ってもらえる帯にしてみよう。

経糸は普段染めためてある綿、麻、絹の中から、サクラの糸の荒ぶりを受け止めて抑えてくれそうなものを主に選び、その強さと遊んでくれそうな水色や青をアクセントに整経しました。

そこからははやかった。普段8寸帯は、機に糸がかかってから、2〜4日で織り上げているのですが、このときは、なんと1日で織り上がってしまったのです。決して、根性を出して無理をしたわけではなく、ただただ、杼を投げただけだったのに・・・。織っている間、ずっと「鎮まれ、鎮まれ」と祈っていました。

経糸たちが慰めになってくれたようで、織り上がった帯はやさしい仕上がりになったと思うのですが、いかがでしょうか。

そんな、サクラの気持ちを受け止めてくださる方に、しめていただければ幸甚です。

 

| | コメント (0)

«ユズ・お肌すべすべのカナリヤ色