« 2007/07/20 | トップページ | 2007/09/10 »

2007/09/01

2007/09/01

夏色惜色

今年7月にMIXIに書いていた日記です。

なんと、9月も終わろうというのに、まだ、ノウゼンカズラの花が見られます。

今年はどうしてしまったのでしょう。

***********

Nouzen


私の中では、いろんなものに色がついていまして、
例えば、曜日。
月曜日・赤
火曜日・クリーム色
水曜日・薄い水色
木曜日・濃い紫
金曜日・ピカピカの赤紫
土曜日・焦茶色
日曜日・白

友だちには数字に色がついてる、なんて人もいます。
だから、電話番号なんかが、カラーベクトルで記憶されていると。
(これ、ちょっと楽しいですよね。)

色には、その色独特の波動があって、それがいろんな影響を与えていると思います。
サッカーの日本代表のユニフォーム、あれ、青で随分損しているように思います。気持ちもカラダも冷めちゃう。
え、イタリアも青だって? いいんですよ、彼らはラテンだから、冷やすぐらいでちょうどいいんです。

写真の花はノウゼンカズラ。夏の花ですね。
オレンジ色は、私にとって元気をもらうのに大切な色なんですけど、 この花だけは例外・・・。
なんでしょう、ものすごく悲しいオーラが漂っていて、彼岸の入り口が この花のまわりに開いているカンジがするんです。

妙本寺の境内にあるノウゼンカズラが好きで時々見に行きますが、今年は花が早かったから、もうおわりかなぁ。

| | | コメント (0)

ガテン系、ばんざい

「最近の若者は・・・!」という、気合の入ったご老体の一言を煙ったく思うのは、いつの時代の若者にとっても、同じことです。

聞いたところによりますと、6000年前のピラミッドの壁画の象形文字のメッセージにも、「近頃の若者は・・・」という記述が見つかっているのだそうです。

とはいうものの、若い人の(というか、そのお手本となるべき中高年も)
精神的に参ってしまう病「神経症」や「精神病」「○○シンドローム」が、今の時代ほど多いことって、過去にはなかったような気がします。

その理由を考えてみました。

・以前は、それを病とみなさず、ただの「臆病者」とか、「敗者」として片付けてしまっていたのが、それを「病」と認識するようになった。・・・これはありがたいことですね。私は肯定的です、これには。

・生命維持に直接関わる問題以外の、たいへん複雑な心配事が多い。

そして、
・体を動かさなくなった。

最後のこれが一番の原因だと思います。
え? じゃ、寝たきりの人は精神的に不健康なのかって? いえいえ、そういう人ほど、「生命」の根源を見つめていると思いますし、指一本や目線にさえ「動き」への愛を感じますよ。

なんでこんなことを言ってるのかというと、
今日は一日、パソコン仕事だったんです。HPの大改造。
たっぷり仕事したのに、この、空虚感はなんなんだー。

昨日、一昨日は、染め仕事、庭仕事、大掃除、料理。
およそ稼ぐのに縁遠い仕事なのに、ハッピーだったのはなぜなんだ。

やっぱり、体使う仕事と、頭使う仕事と、ココロを使う仕事は、イーブンなバランスを保たないと、気持ちは腐ります。

薬に頼るその前に、
朝一番のお散歩、
草むしり&草刈り、
お掃除、
部屋の模様替えと
料理の仕込み、
ペンキ塗り、
日曜大工、
山菜取り、(?)
素もぐりもハイキングもよろしい。
そんな「仕事」を私はお勧めしたい。
だまされたと思って、試してみてって。

・・・なにいってんだ?

| | | コメント (0)

その場所は・・・。

475721605_193s


22才だった私には、まだ扉が開いたばかりの大人の世界の、頭で描いていたあこがれの世界の、シンボルのようなところでした。
6坪程度のその空間は、真鍮色とクリーム色と焦げ茶に統一されていて、バーカウンターの向こうには、夜でもレイバンのサングラスの大男がむっつり立っているだけで、壁のレザボア・ドッグスのポスターとカウンター下のキネマ旬報以外余計なものはほとんどありません。

恐る恐るカウンターに座ったときのことを、今でも昨日のことのように思い出します。

お酒の種類や飲み方、そうした場での会話を授業料をはらって学んだ場所です。

「彼」は、客に媚びず、えらそうにせず、多弁にならず、飽きさせず、過剰なサービスはなく、でも親切で、常連たちと野球チームをつくるぐらい気さくなのに、親しくなっても、客がカウンターの内側に踏み込むことは許さず、ただ淡々と「いいお酒」を提供する、ヲトナの男でした。

もうとっくに、当時の「彼」の年齢を超えた自分を省みるに、なんか、あのヲトナ空気が自分には全然ないことに愕然としてしまいます。


目いっぱい背伸びしていた小娘は、
トム・コリンズとジントニックのちがいも、生のグレープフルーツでつくるソルティ・ドッグがあんなに美味しいことも、タンカレーとゴードンがどうちがうかも、ラムはマイヤーズが香りがいいことも、みんなここで覚えました。

もともと役者さんで、映画畑だった「彼」に、監督別で映画をみることや、ヌーベルバーグがなんなのかとか、ハリウッド以外の映画の魅力とか、日本映画の裏事情とかも、ここで教わりました。

お客さんのいないときは、いつも本を読んでいた「彼」には、エンターテイメント小説の読み方も教えてもらいました。「この小説を映画にするなら・・・」と、いっしょに監督を選んだり、キャスティングを考えたりするのが、そのうち、私との主な会話の内容になりました。
今でも、当時、今までのアメリカの探偵小説の型を破ったといわれるロバート・B・パーカーの「スペンサー」シリーズは、私の宝物です。

生後4ヶ月の息子を連れて離婚したときも、「聞いたよ、たいへんだったね。」とだけいって、いつもと変わらぬ態度でした。

カジュの建物に縁をもらって、無収入だったのに「借ります」といってしまって、困っていた私(バカか、おまえは!)。
いっしょにシェアして使ってくれる人を探し始めたとき、お店のお客さんにそのことをことあるごとに話してくれて、その結果、常連だったH氏 に話がつながりました。
それがきっかけで、傷んでいたカジュの建物が、格安で改造・修理ができ、彼の奥さんがピアノ教室をしてくれることになり、現在のカジュ・アート・スペースの最初の核ができました。

最初の出会いから15年以上、前ほど足しげくは通えなくなりましたが、ずっと、私のこころの隅に息づく、大切な場所であり続けました。

3年前に、「彼」は、過労が原因で店で倒れました。
もともと鍛えていた人でしたので、半年以上のリハビリの末、奇跡的な回復をなすも、店は閉めることになったのです。

それからほどなくして、居ぬきで別の人が借りたと聞きました。
たいそう評判のいいお店で、誰に聞いても悪く言う人はいません。それがなによりの救いでした。

しかし、あまりにかわっていたら・・・という気持ちが先にたって、どうしても、足を運ぶ気になれなかった。

でもせまい鎌倉のこと、先立ての鎌倉路地フェスタの折に、ついに、そのお店と直接の縁ができました。
マスターも、働いている女性もたいへんナイス。お店のスピリットにも共感できます。

今年の路地フェスタでは、拠点のひとつになってくれて、 今回のトラーベ・アート・フェスティバルでは、協賛になってくれました。
10月27日には映画とライブの企画持ち込んでくれて、今から楽しみです。

この夏のとある夕方、その店に、はじめてビールを飲みに行きました。
今のマスターの心意気が反映されながらも、 店のしつらえはほとんど変わっていませんでした。

やっと来てくれたと喜んでくれたマスターが、サービスで、美味しいおつまみを出してくれました。

「彼」に礎を築いてもらったカジュの10周年に、縁は大きな輪を描いて、私に戻ってきました。

| | | コメント (0)

言語外言語

88693975_37s

ここ数年、縁あっていろいろな海外のアーティストとコラボレーションする機会に恵まれています。
その経験が私に、「自分の作品はコミュニケーションの手段になりうるか」ということを考えさせてきました。

言語を越えた言語・・・暗号、記号、符号、リズム、波形、紋、シンボルなど、最近気になるモチーフです。
別に、何かをデザインで説明しようというのではなく、私の操る素材や形や色が、ある種の「言語」を形成するか、ということに興味があるわけです。

この試みは2003年にロシアのノボシビルスクで、地元のアーティスト、エレーナ・ベルトロが私に提案してくれたテーマで、私たちは4ヶ月にわたって、英語・ロシア語の壁を"よじのぼり"ながらメッセージをやり取りして、そのお互いの「言葉」を作品におきかえたり、その「言葉」から受けたインスピレーションをそれぞれの仕事で表現したり、ほんとうに全身全霊で相手を知りたい、相手に伝えたい、相手と繋がりたいと思った貴重な体験でした。

ミュージシャンの友人、マヤ・ムガ・モーランがその以前に、作曲中の曲の楽譜を見せてくれたことがあります。軽やかに鉛筆で手書きされたその美しい楽譜は私の中で沈澱していって、このロシア・プロジェクトのときに、ある作品となって出てきました。
そう、「楽譜」もまた、国境を越えた言語なんですよね。

以来、そこで得た感触が今でもわたしの中で生きていて、同じ主題で去年できた作品が、この写真です。
パーツの下ごしらえは夏の終わりからやりましたが、最終的な成形は先週の水曜日からこの日曜日までで行いました。
一つ一つ独立していて、でも全体である種のメロディラインやリズムパターン、化学反応とか、絆、といったものが伝わるといいなぁ、と思っています。


 

「譜・06」   羊毛、絹、麻、綿    織り / フェルト

| | | コメント (0)

フェルト自慢その2

Img_367463_22356651_0



フェルトのバッグ、角辻わかばさんとのコラボ、その2。

こちらのバッグには、ハンドバッグタイプの取っ手をつけてくれました。

しかも、底にマチをつけてくれてあって、そのおかげで形と量感のバランスが

抜群によくなりました。

この子もかわいいっ。

| | | コメント (0)

« 2007/07/20 | トップページ | 2007/09/10 »