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2008/01/01

2008/01/01

絣(かすり)の話 - その2-  

Kasuriprocess

織りという表現手段は、大変制約が多く、けっして自由ではありません。

経糸が織り機にセットされてしまうと、「前提」は出来上がってしまいます。

後は、緯糸 =「出会い」を多少操ることはできても、ゴールまでの長い道のりの間に、気が変わって新しいことを思いついたところで、それを「画面」に反映させることはまずできません。特に絣は、完全な計画がはじめにできていないと織れない技法で、結果をリアルに予測する力がもっとも求められます。

端的に言うと、糸を図柄に合わせて予め染め分けて模様を出す技法です。
染め分けるために、図柄に従ってそろえた経糸や緯糸の束の、 "染めたくない部分"をヒモ(昔は木綿糸、今は荷造り用のスズランテープなど)で 固く縛ります。 この工程を「くくり」といい、もっとも大切な部分です。

さて、沖縄には伝わった絣の話の続きです。
大学時代、柳悦孝先生の講義でお聞きした話ですが、日本の絣の原点はすべて沖縄にあると言われていて、そこから薩摩貿易によって九州に上陸。さらに千石船により、堺はもとより、遠く東北地方にも運ばれていたことがわかっています。日本各地に分布する絣の産地を見ると、帆掛け船である千石船が風を待って停泊した「風まち港」の町と重なるといいます。

沖縄に上陸したインドネシア経由のインドの絣は、より抽象的で繊細な連続幾何学模様に変化します
芭蕉布、宮古上布、大島紬などの沖縄文化圏の絣布の完成度の高さは本当に驚きです。

その背景には、大変精巧な刃物の存在があったと言われます。

沖縄周辺の土地は良質の鉄を産出し、高水準の製鉄技術・刀鍛冶の技術が古くから発達していました。(ですから、ポルトガル船が種子島に漂着して鉄砲が伝えられると、すぐさまコピーが作れたというわけです。)

優れた刃物の存在が、木工の技術を発展させたのは言うまでもなく、これが精巧な筬(おさ)を誕生させる背景にもなりました。この精巧な筬が完成度の高い絣を発達させた、というわけです。(やっとここまできた・・・。)

写真上はずいぶん前に私が作った経絣の作品です。
下の写真は工房の生徒さん大坪淳さんが経絣の経糸の「くくり」を行っているところ。

紬のきものが、あれほど高価なことも、ご納得いただけるかと思います・・・。

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