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2008/02/07

2008/02/07

仕事という化身

二つ前の日記にエルネスト・チェ・ゲバラと私の祖父のエピソードを書いたところ、思いがけず多くの反響をいただきました。その関係でいただいた私信のメールは、12通。そのうち3通は見ず知らずの方でした。昨年が没後40周年ということもあったのでしょうが、今更ながら、日本でのゲバラ人気の高さに驚いています。

子どもの頃から名前だけはよく知っていた「チェ・ゲバラ」という、「おじいちゃんが外国で会った、ちょっと怖いゲリラ(この言葉がだいたい子供心に怖かった)のおじさん」だった彼が、2004年に公開された「モーターサイクル・ダイアリーズ」という映画をたまたま見たときから、少し違う人物として自分の中で甦ってきました。以来、注意していると書店でも彼の本によく出逢うようになりました。(人間は、自分が関心のあることだけが見えるという実に身勝手な目を持っているものです。)

ゲバラに関する本を3冊ほど読みまして、だんだんとこの、どうしようもなくピュアで不器用な英雄の人間像が私の中で組み立てられてゆきました。そしてそれは、今は亡き祖父の姿にも重なったのです。

功名心や出世欲といったものとは全く無縁の「人のために何かしたい」という衝動は、その人物にそれを成し遂げようとする情熱と体力があって、時代の波をうまくつかんだとき、とてつもない英雄を生み出すことがあります。
そうやって生まれてしまった英雄は、もう後戻りができません。そして顔も見たことのない多くの他人に、どんどん神格化されてゆくのです。

その結果、「人のため」にはじめた仕事はどんどん巨大化し、結局一番身近な「人」=家族がその犠牲になるケースは少なくありません。
ゲバラさんがそうだったとは言いませんが、彼のふたりの奥さんと、5人のお子さんは、夫を、父を、彼自身が推し進めた仕事によって奪われたのは事実です。

英雄に限らず、「仕事」によって、一番守りたい、たいせつにしたいと願っている存在を知らず知らずのうちに踏みつけにしていることは、そこここに見られます。ふと、そんなことに思いを巡らしながら、自分を振り返ってみました。

13歳の息子は、今大人への階段をのぼり始めています。

私はこの13年間、生きるために、子どもを守るためにできることをしてきたつもりになっていました。しかも、離婚によってやっと取り戻せた安全と自分自身を、めいっぱい生かす道を楽しく歩いてきた気になっていた。
なのに、最近、大爆発した息子の一言。
「俺さえいなければ、こんなたいへんな思いをしなくてよかったんだろう!」
・・・これはこたえた。

彼には、私が毎日忙しい、疲れた、自分にちっとも構わない、自分を愛していない母親に映っていたのですね。
膝がわらってしまって、立ち上がれませんでしたよ。情けないったらない。

自分が「忙しい」と思ったことも、「たいへんだ」と思ったことも一度もなかったのですが、私は彼にそれを十分伝える努力を怠っていたようです。

祖父もかなり破天荒な豪傑だったようですが、よく、祖母や母を含めた3人の子どもたちに手紙を書いていて、それがずいぶんと家族との心の溝を埋めていたようです。ゲバラさんも、実にたくさん、お母上や奥さまやお子さん方に、暗黙の「すまない」が隠れている愛あふれる手紙を書いていますね。
やってみよっと。

ことの大きさや種類、性別に関わらず、している仕事がもはや「自分自身」と化してしまった人間には、その仕事をやめるのは不可能です。そうした人間が家族にできることは、「こんな自分を許してほしい、愛している」と伝えることしかありません。ま、私は幸いオンナなので、仕事と家の狭間で男の人ほど切実に悩まなくていいですけどね。第一、私の選んだ仕事は、もともと家事の一部だったわけだし、愛、あまってるし。(笑)

今は、私のすすめるもの、私の好きなものにことごとく拒否反応を示す息子ですが(笑)、いつか、私が、"自分自身である仕事"を通して彼に手渡したいと思っているものが、彼に受け入れられることを願っています。
なんと言われようと、私がしていることは、息子への讃歌と愛なのダ! たとえあんたにお父さんがいても、母さんは、今やっていることをどれもやめないと思うよ。 これがあんたの母親だ、すまん、ゆるせ!

しかし、数ある仕事の中でも、よりに寄って「革命」を選び、それが自分自身になってしまったゲバラさん。もしかしたら、家族のもとに帰るために、ボリビアであの終わり方を自ら選んだのかなぁ、なんて、ちょっと思ってしまいました。

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