使命感のある仕事
去る9月6日に、北鎌倉にある古陶美術館で開かれていた、絞り染め作家の安藤宏子さんの展示会に出かけました。
大分県のご出身の安藤さんは、故郷に伝わる「豊後絞り」に魅せられ、以来40年に渡って日本全国の絞り染めの技法を学び、その技術の継承と優れた作品の蒐集に尽くされています。
自分も含め「作家」と称する人間には、隠していても少なからず功名心や名誉欲などがあるものですが、安藤さんのお仕事には、ご自身の作品にも、蒐集品にも、著作にも、「ただもう夢中で、一つでも多く、失われかけている技法を残したかった。」という言葉を裏付ける、無欲の迫力があります。(なのに、作品はたいへん個性的で素敵! )
絞り染めは世界各地に見られますが、安藤さんのお話によると、有名な産地でも一カ所には5つか6つの技法しかないのが普通だそうです。ところが、日本の有松・鳴海の絞りは、ゆうに100を超える技法が存在していたそうで、これは世界でも類のないことだそうです。
古陶美術館に飾られた、秋田で発見されたという木綿/藍染めの絞りの花嫁衣裳。絹を着られなかった貧しい庶民の、技を尽くした絞りのツル・カメには、金糸銀糸はありません。赤や黄色もありません。ただ、藍と白の世界。しかし、職人や家族の、その婚礼を言祝ぐ力強い愛が、ずんずん伝わってきて、作品の前でしばらく動けませんでした。
1992年、それまでに習得された技法と蒐集された資料がまとめられ出版されました。(「日本の絞り技法」)
布に関わる手仕事人にはバイブルと言ってもいい2冊組のご本で、瞬く間に完売。その後すぐ再版されますが、これもすぐ完売。
安藤さんが再々版の依頼をしたところ、なんと、出版元がデータを全て廃棄してしまっていたことが判明!! 以来、古本屋にも滅多にでない幻のバイブルとなってしまいました。
そんなご本をついさきごろネットオークションで発見!
これはもうお導きでしょう、と入札。幸い競争相手がいなかったので、無事落札できましたが値段は2倍近かった・・・。でも、本が届いてからというもの、毎夜毎夜ページをめくって極幸の時間を過ごしております。
五木寛之さんが「愛に関する十二章」の中の第七章で「仕事に対する愛」について書かれています。「好きなことを仕事にした人間は、その仕事に使命感を持つべきだ。」という一文が、安藤さんのお仕事に触れるにつけ、思い出されました。
「おしゃれ〜」とか「キャッチー」などに惑わされたうすーいモノつくりが席巻するこのごろです。
そんな中、「ただ残したかった」の取り組みで40年・・・安藤さんのお仕事の輝きは、腹の底に響いてきます。
使命が見つかったモノ作り、幸いなるかな。
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