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2010/09/30

2010/09/30

笑いの殿堂

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あらら、前回の日記から1ヶ月以上が経っている!  びっくり。

素材展も終わり、庭のキンモクセイが一雨ごとにつぼみをふくらませ、いよいよ秋です。
ウールを触るのもうれしい今日この頃。

仕事は多いですが、ここにいると自然に癒され、いい人たちに癒され、毎日の労働はたいへん平和で気持ちよいです。ありがたいことです。

なんといっても、ここには少々の嫌なことを笑いにしてしまうパワーがあるのです。それも集ってくださるたいそう強くてユニークで器の大きいみなさんの作り出してくださる力です。元気もらってます。

時代時代を振り返る時、そこには日本を代表する笑いの伝道師がいたよなぁ、とふと思いました。

戦後、生きるのに必死だった日本人を支えていたのは、自由気ままに生きている寅さんや、がんじがらめのサラリーマン社会をすぱすぱ斬ってくれた植木等さんでした。

生きていらっしゃるときははっきり言って全然好きではなかった赤塚不二夫さんのキャラ達。亡くなったのをきっかけに漫画をじっくり読みました。赤塚さんが生み出したナンセンスギャグの申し子達は、どれも、いじめだの不条理だのといった頭の痛い日常の問題を、かわりに笑い飛ばしてくれる頼もしい輩ばかりだなぁと、遅ればせながら気づかされましたよ。

作家の藤原信也さんが「東京漂流」の中で、日本の犯罪の質がいつ変わったかについて書かれていました。そのきっかけとなったのが1980年に起こった「金属バット両親殺害事件」であると藤原さんは見ます。それまでの日本の犯罪には、許されないにしても第三者から見てそれなりに納得できる理由があったと。しかし、この事件を境に「理由なき犯行」が目立ち始めると。

確かに80年代は、生きる意味を見いだせなくなってお金に踊らされた「一億総おバカ時代」でしたよね。
で、このころの笑いの伝導師は誰だったかなぁ、と振り返ってみると、やはりタケちゃんマンだったのではないかと思うのです。

「お母さん、タケちゃんマンって、いいやつ? 悪いやつ?」と聞かれてお母さんが困ったという新聞の投書を覚えています。当時の教育関係者からは眉をひそめられる新キャラでしたね。(笑)
なにがいいんだか、悪いんだか、当時の大人達がオロオロしていたのを、たけしさんが痛烈に皮肉った笑いのキャラだったのではないかと思います。ここで日本の笑いの質は寅さんの笑いから大きく変化してしまったと感じます。

さて、では2010年を迎えている今、どんな笑いの伝道師が存在しているでしょうか。

もしかして「不在」なのでは。

これはかなりゆゆしきことです。
ある意味、タケちゃんマンというキャラを生み出してしまった80年代の土壌はかなり危ないものでしたが、それでも、それを笑いのめす力は少なくともありました。
今は、社会の閉塞感に穴を開けるような「笑う力」そのものがなくなってしまっている気がしてなりません。

些細なことですぐぴりぴりといがみ合う、物事を悪い方にしか考えられない、すぐ落ち込む、煮詰まる、そして引きこもる・・・。笑い飛ばせばすむような原因で。

テレビをつければお笑いタレントさんは溢れかえっていますが、時代をリードする笑いの伝道師はいないような・・・。もし作り上げるとしたら、どんなキャラになるでしょうね。

というわけでみなさん、ぱぁっといきましょうね、ぱぁっと。
なにか壁にぶち当たったら、鏡向かって「しぇーっ」とやってみましょう。これ、最近はまってるんですが、効きまっせ。すこんと抜けます。

写真出典

寅さん

イヤミ

タケちゃんマン

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