つるの機織り道(織)

2014/07/02

くずし模様

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大学の織りの授業では、それはそれはたくさんの見本帳を作らされました。縞帳、格子縞帳、平織り変化、綾織り変化・・・。

来る日も来る日も、考えつく限りのバリエーションを織り続け、それをスクラップしてゆく・・・。はっきり言って、当時は退屈の極みでしたが、それが30年近く経っても役に立っているのですから、ありがたいです。

その中に「くずし帳」というのもありました。紺と白の2色、つまり、コントラストの強い2色の糸を、同色3本以下の細かい縞にして、同様に3本以下のリズムで緯糸をいれてつくる、細かい格子の模様のことです。

例えば、白、紺、紺、白、紺、紺、白、紺、紺 とか白、白、紺、白、白、紺、白、白、紺 とか。

実はなぜこれを「くずし」というのかが長年の謎でした。学生当時、教授に尋ねたのですが、これという答えを聞くことはできませんでした。

冲方丁さんのベストセラー「天地明察」、これを原作にした同名映画をみて、はじめて「おおっ!」思いました。これは、江戸時代の算術(日本独自の数学)に関わる人たちの情熱の物語なのですが、この中に、そろばんと並んで、当時の算術家にとって、とても重要だった「算盤」というものが出てきます。
この算盤は、6〜7世紀に中国から渡った計算道具で、赤と黒の「算木」と呼ばれる小さな角柱の木片を、ある規則に従ってタテ・ヨコに算盤に並べて使います。
使い方をマスターすると、なんと多次元方程式が解けるといいますから、びっくり!! おもしろそー、習いたーい!

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(写真出典:  )

さて、その計算中の、算盤に並んだ算木の様子を見ますと、これが「ぐずし」にそっくり!

もともと「くずし」は、「算木くずし」というのが正しい名称で、国語辞典を引きますと、「くずす」には「形・様式・模様などを簡略化すること。」という意味が出てきます。 まさに算盤に並ぶ算木の様子をデザインしたものだったのです。

写真いちばん左上が、いわゆるいちばんポピュラーな算木くずしで、これを織りで表す時は、A.白、紺、白、紺と2色を一本おきに何回か繰り返し、次はB.紺、白、紺、白と色の順番を逆にして繰り返し、A と Bを繰り返します。これに全く同じリズムで緯糸を入れますと、あら、不思議、まるで算木を並べたような模様になるのです!
これもまた、江戸時代の生活の中から生まれた模様だったのですね。

「天地明察」では、主人公の岡田准一くんが、かっちょよく算盤を使いこなすシーンが出てきます。岡田くーん、らぶっ。

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2013/11/08

アイヌの蝦夷錦(えぞにしき)

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私たちのアイヌの文化に対する知識というのはかなり貧弱なものではないでしょうか。
クマやシャケを捕り、顔に入れ墨をして、アッシと呼ばれる麻の衣服を着ている?
ところがどっこい。

調べてみますと、アイヌ民族は、記録の残る江戸時代に限ってみるだけでも、かなりの名商人であったことがわかっています。

19世紀まで、当時の日本では中国の黒竜江流域を山丹といい、そこに住む人をサンタン人と呼びました。そしてこの人達が樺太(からふと)に渡り、樺太や北海道のアイヌとの間に展開した交易をサンタン交易といったそうです。
当時、鎖国中であった日本では東西からの貿易品は全て長崎を通じて入ってきていましたが、北では密かに独自の交易が行われていたというわけです。

清王朝の宮廷ではたらく官吏たちが着ていた官服。豪華な絹織物であったこの官服もこのとき北海道にもたらされ、「山丹(サンタン)服」と呼ばれていました。

江戸時代、アイヌの人々にとってはかなりの不平等な交易を強いていた松前藩、とくにこの「山丹服」にご執心でした。ご禁制の舶来品と知りながらなんとか交易を続けたい松前藩、幕府への献上品に「蝦夷錦」と呼ばわって納めていたといいます。そして、幕府もその実情は知りながら、これを「蝦夷のものならば」と容認していたフシがあります。
「赤穂の塩」がメキシコ産だったり、ゾーリンゲンの刃物が燕市で作られていたり、のような「ラベルのからくり」はこの頃から既にあったのですね。(笑)

「山丹服」はアイヌ社会の中でも社会的地位の高い族長が着たといわれます。

写真の人物は山丹服を纏ったアイヌの英雄国後(クナシリ)の総長ツキノエ。500人の部下を率いた優れた軍人でもあったといわれます。(1774年(安永3)アイヌに対し過酷な収奪や酷使、虐殺を行った飛騨屋(ひだや)久兵衛の船を襲撃し、松前藩との交易を一時停止させますが,のち藩と和睦。1789年(寛政元)の国後・目梨(めなし)のアイヌ蜂起ではアイヌを説得して事態をおさめ,その功を松前藩に賞されました。)

独自にロシアとの交易も行い、まさに北の交易の拠点を束ねて栄えたアイヌの人々。「山丹服」はその象徴なんですね。

参考サイト/文献

http://blogs.yahoo.co.jp/harukan50/22570770.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/夷酋列像
http://kotobank.jp/word/ツキノエ
・「蝦夷錦の来た道」(北海道新聞社)

 

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2011/02/03

はた織りの神様

日本にはもともと「八百万(やおよろず)の神々」がおわします。
そう、どこへいっても、どんな小さなモノにも、コトにも、コトバにも、神様は宿っているという考えがありますね。

なのに今は、大量生産のせいでモノは使い捨て、小さな仕事は忙しさから「雑用」の2文字に括られてぞんざいに扱われ、コトバは殺気立っています。一方で、植村花菜さんの「トイレの神様」みたいな歌がちゃんとヒットしているのを見るにつけ、どっこい神様は生きているぞと思ったりもします。

さて、古代八百万の神様の中には、実は「機織り」の守護神もいらっしゃいます。
古事記や日本書紀などにその記述があるのですが、これらの書物は戦前まで国威掲揚の政策に利用されてきたため 物語の本来の意味や面白さが伝えられていない気がします。実は、日本神話はラブ&サスペンス満載の冒険活劇!
その中に登場する機織りの神様とお祀りしている神社を少しご紹介します。

※名前の表記には書物によってたくさんの種類があります。ここでは比較的やさしいものを選びました。


◎天羽雷命(あめのはづちのみこと)

奈良県葛城市當麻町の葛木倭文坐天羽雷命神社(カツラギノシドリニイマスアメノハヅチノミコト)を筆頭に、各地の倭文神社 (しずり/しとり じんじゃ)に祀られています。「平成祭礼データCD」には「倭文は染織の儀、紡織、養蚕、メリヤス等すべて糸を生業とする人は是の大神に帰依して事業の隆昌を賜るべし。」の記述があります。
倭文氏は農業技術に秀でた阿波忌部(あわいんべ)氏の分派とされ、807年に書かれた歴史書「古語拾遺」(こごしゅうい)に登場しており、たいへん高等な絹・麻の織り物技術をもっていたといわれ、天羽雷命はその倭文一族の祖とされています。
機織りの神様には珍しく男神です。


◎天棚機姫神(あめのたなばたひめかみ)

やはり「古語拾遺」に記述のある神。天照大神を天の岩戸からさそいだすために,神衣を織ったといわれています。
京都の北野天満宮では、機織りの町西陣に近いこともあり七夕の神事は天棚機姫神に感謝を込めて「御手洗(みたらし)祭」「棚機(たなばた)祭」として盛大に行われています。


◎栲幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)

天地創造の神である高皇産霊神(タカミムスビノカミ)の娘(一節に孫)で、思想・知恵の神である思兼神(オモイカネ)は兄。
天照大神(アマテラスオオミカミ)の息子・農業の神様の天忍穂耳命(アメノオシホミミのミコト)と結婚しています。
「栲」は繊維、「幡」は織り機の意味。長崎県壱岐市の天手長比売神社(あめのたながひめじんじゃ)、奈良県北葛城郡王寺町の「火幡神社」(ほばたじんじゃ)、などに祀られています。


◎丹生都比売神(にうつひめかみ)

丹生都比売大神は国造りの神イザナギ・イザナミの娘で天照大神の妹にあたります。伊勢皇大神宮に祀られているほか、和歌山県伊都郡かつらぎ町大字上天野の丹生都比売神社(世界遺産)を筆頭に各地で祀られています。息子の高野御子大神 (タカノミコノオオカミ)と共に紀伊・大和地方を巡り、この地に農耕殖産(衣食の道・織物の道)を広めたといわれています。

【出典】

http://ja.wikipedia.org/wiki/葛木倭文座天羽雷命神社
http://kamnavi.jp/as/katuragi/kzkamori.htm
http://www.sanuki-imbe.com/SHOP/SM0910001.html
http://kotobank.jp/word/天棚機姫神
http://www.kitanotenmangu.or.jp/news/10.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/栲幡千千姫命
http://www.norichan.jp/jinja/renai/hobata.htm
http://www.niutsuhime.or.jp/
http://ja.wikipedia.org/wiki/丹生都比売神社
http://www.katuragi.or.jp/Amano.htm

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2010/02/06

はた結び

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画像 : 京都太秦工芸館HPより

船のお仕事と同様、機織り仕事でも様々な「結び」がでてきます。

短い糸の束先を千巻き棒にくくりつけるときの「片蝶むすび」、踏み木と綜絖(そうこう)枠をつなぎ、長さの調整が可能な「いかりむすび」(別名「ふたむすび」。

そして、一番大事なのが「機(はた)結び」です。
編み人や織り人にとってはお馴染みの結び方で、糸をつなぐときに使います。

数ある結び方の中で、もっとも結び目が小さく、ほどけにくい。
なのに、針などでつつくと、ちゃんとほどけるというスグレもの。

真結び(いわゆるかた結び)は、一度これで結んでしまうと、ほどきたいと思っても無理で、ハサミで切らなければなりません。

しっかり結び合わさっているのに、離れたいと思ったときはするりとほどける・・・人との結びつきや心のありようも、かくありたいと思います。何事もこだわり過ぎはいかんよなぁ。(笑)

糸へんに吉で「結ぶ」。工房にはたくさんの吉が満ちています。

(カジュ通信2010年新春号より)

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2008/11/03

おつるのお道具・筬(おさ)

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織物の経糸(たていと)の密度と幅をきめるのが「筬(おさ)」です。
日本の織り機では、この筬が大変精巧にできていることが大きな特徴です。世界でもその精巧さは最高水準。
竹を薄く削った羽(は)=リードが決められた密度にきれいに並んだクシのようなものです。

 

日本の機でこの筬が発達した背景には、竹が身近にあったことと、優れた刃物をつくる伝統技術があったことが挙げられます。

この筬の密度が細かければ細かいほど、薄くて繊細な織物が織れるわけですが、そのためには竹のリードを正確に薄く削る必要があります。日本の伝統的な刀鍛冶の技術は、このリードを削れる優れた刃物をも造り出していました。
私は今でも織るときに尺寸を用いています。和裁師と織人だけが使う「鯨尺(くじらじゃく)」では1寸が3.78センチ。(ちなみに、大工さんが使う曲尺は一寸は3.03センチ。鯨の一寸のちょうど8割。)
10寸で1尺です。この1寸の中に何羽あるかで筬の番号が決まっています。
例えば「20羽の筬」なら1寸に20のすき間がある筬、ということです。慣れてくると、カラダにやさしい単位なので、なかなか使い勝手がよろしい。着物を織る場合によく使われる筬は、45 - 60羽の筬。幅は1尺5分程度です。つまり約900〜1200本ほどの経糸がセットされるわけです。

残念ながら、ついに竹の筬は新品では手に入らなくなってしまいました。技術を受け継ぐ人がいなくなってしまったことと、手間がかかるので値段が高く、安いステンレスの筬にとってかわられたことが理由です。
でも、ステンの筬は羽が混むと重くなってしまうので、打ち込みに余計なチカラがかかってしまって、繊細な織りの場合、あまり都合がよくありません。

今、鎌倉/逗子/葉山の竹林は竹の利用がなくなって、荒れ放題。近隣の雑木林にも様々に害を与えているとききます。
日本は、ずっと竹を上手に生かすことで、美しく豊かな暮らしを作ってきました。それを加工する「手間」も楽しみとしながら。

「竹が成り立つ」で「筬」。 その心、取り戻したいものですね。

※カジュ通信2008年秋・冬号より

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2008/03/29

「凛」のひと文字

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「世の中にたえて桜のなかりせば、春のこころはのどけからまし」と業平さんは詠みましたが、咲くまでは、まだかまだかとそわそわし、咲いたら咲いたで、散るのが心配でおちおちしていられない・・・それが桜ですね。鎌倉界隈、満開です。

敬愛してやまない人間国宝の染織家・志村ふくみさんのエッセイに「一色一生」というのがあります。
ただひたすらに植物から色を授かって糸を染め、織り続けてきた志村さんの言葉は、何度読み返しても芯まで染みます。

その「一色一生」の中に、桜の木の皮を使った染めの話が出てきます。
そろそろ花を咲かせようか、という蕾をつけた木の皮を使って染色すると、まさに花のような桜色が出るといいます。それを志村さんは「まるで木全体が花の色を準備しているようだ」と読み解きます。
さすがに私のところでは、蕾をつけた桜の木から皮をとれる機会はないので、よく台風で折れた枝などを夏場や秋に染めますが、黄色み帯びたり、茶色っぽくなったりすることが多く、桜色が出ることは稀です。本当にその時期にだけ出る色なのかもしれません。

先日、その志村さんの新しいご本を手に入れました。「小裂帖」(こぎれちょう)。志村さんが染織を始められた50年近く前から、染めて織った布の端裂を貼りためておいた見本帳を、そのまま印刷し、本にしたものです。

特に解説はなく、ただ、淡々と整然と貼り並べられた、織り布の裂端。そこにはどんな雄弁な言葉よりもずっしりと迫ってくる言霊が宿っています。

志村さんの織りは、シンプルな平織りがほとんど。凝った技法の組織はまず見られません。「これでもか」というような細かい絣(かすり)も見当たりません。たて縞、よこ縞、格子縞の平織り。ただそれだけ。
ひたすら自然の声に耳をすませて色を「いただき」、その糸に身をゆだねるようにして杼(ひ)を入れた、無欲無私の世界です。

ところが、出来上がった作品は、一目で「あ、志村ふくみさんだ。」とわかるものなのです。
私たち戦後のナンチャッテ民主主義に染まった世代は、個性の確立だの、自分探しだのにやっきになって生きてきました。しかし、探し当てたはずの自分らしさは、所詮「演出された自分」でしかありません。志村さんのように、自分という存在を惜しげもなく自然にゆだねる行為は、私たちには怖くてできないような気がします。
しかし、ほんとうの個性とは、そうやって自分を潔く手放したときに出てくるものなのかもしれない、と、小裂のひとつひとつをたどりながら思いました。

散り際を称して「潔さ」の象徴のように言われる桜ですが、その咲きっぷりもまたしかりだと、この頃思います。志村さんのお仕事は、まさに桜の咲きっぷり。「凛」の一字がよく似合う、簡潔な美しさ。

いつかたどり着きたい境地です。

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2008/02/09

織り模様・人模様

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日本には、名前のついた織り模様がたくさんあります。
浮き織、トンボ、袋織り、沖縄から伝わった、道頓(ロートン)、花織り(ハナウィー)・・・などなど。
どれも、制約の多い織り機の機能を研究し尽くした、先人の知恵の結晶です。

その中に「たて四枚吉野」通称「市松」と呼ばれる織り方があります。

市松は、コントラストの強い2色の正方形を交互に配した伝統柄で、ふすまにも、着物にもよく使われていますよね。
シンプルですが、インパクトがあり、メッセージが込めやすいなぁと思います。

初めてこの柄をメジャーにしたのが江戸時代の歌舞伎役者、初代・佐野川市松で、舞台でこの模様の袴(はかま)をはいたことから、当時のファッション界で大流行します。
それ以前にもこの柄は存在していましたが、市松が有名にするまでは「石畳(いしだたみ)」というのが一般的な呼び名でした。

周知のように、歌舞伎と能は、江戸時代のファッションを常にリードしていて、柄だけでなく、色の名前などにも歌舞伎役者の名前が多く見受けられます。
自分のファッション・センスが後世まで語り継がれるのは、 役者冥利と申せましょう。

たて四枚吉野は、経糸が四角く交互に飛ぶことで、市松状の模様を織り出します。
飛ばす間隔と配色に特に気を使う意匠です。(カジュ通信/2008新春号より) 

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2008/01/17

おつるのお道具・糸巻き

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機織り仕事の相手は「糸」なので、長い工程の間に必要に応じてその糸をさまざまな形状にしなければいけません。

緯糸は、太さによって巻く形は多少違いますが、前述のごとく小管に巻くことが多いです。

染め上がった経糸(たていと)は、大きなカセの状態ですから、これをカセ繰り機に広げて糸の太さ、材質、機にかける長さなどによっていろいろな形に巻きます。
写真左の3つの形状のうち、一番左は、家庭用糸巻きで巻いた毛糸。手芸屋さんなどで安く手に入る糸巻き機で簡単に巻けます。編み物にも便利です。
真ん中は、大管(おおくだ)と呼ばれる木管に巻いたもの。糸がくずれにくいよう中程が膨らむよう紡錘形に巻き、これを専用の管立てに並べて整経します。そして、一番右のが京枠(きょうわく)、大枠(おおわく)とよばれるものに巻いたとき。主に細い絹糸などを大量に使用するときに使う道具です。骨董市などでよく売られていますね。鉢受けにしたり、そのままインテリアにしたりと、結構人気のアイテムのようです。我が家では、ホームセンターで買った電気ソケットを取り付け、捨てられていた乳白色の古いシャンデリアのガラスのを乗せてランプにしました。

この京枠に糸を巻くときに使うのが右の写真の「座繰り(ざぐり)」です。

竹のハンドルを回すと、木の歯車たちが絶妙の連携でくるくると動き、からりからりといい音をさせながら糸を巻き取ってゆきます。カジュに来る子どもたちも、これを見つけるといつまでもハマってます。(笑)私もハマります。その動きっぷりは、抱きしめたくなるほど健気でかわいい。ふふふ。

♪いーとまきまき、いーとまきまき、ひーて、ひーて、とんとんとん。♪・・・という子どもの歌がありますが、実際、毎日のようにいろいろに糸を巻いていてギモンなのは、この「とんとんとん」。ひーて、ひーて、はわかるのですが、何をとんとんさせるのか、未だによくわかりません。失われてしまった何か特別な知恵がこの「とんとんとん」にあるのでは、と日々考えてしまいます・・・。

この件について、なにかご存知の方、コメントください。

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2008/01/14

つれづれつづれ

Turkishkilimjpg Navaho Inka

キャロル・キングの名盤 "Tapistry"。
壁掛け、というのが正しい訳なんですけど、邦題は「つづれ織り」。原題よりいいな、と私は思います。

つづれ織りは、粗く強く張った経糸に、平織りで緯糸をいれて経糸が見えなくなるほど強く打ち込み、緯糸だけで 柄を出していく織の事です。

トルコのキリム、ナバホのブランケット、南米にも見られます。

織技法の中では染めに近いという感じがします。
とにかく、柄のデザインと緯糸の色とテクスチャーがものをいいます。

つづれ織りの作品に同時多発の世界共通の柄がよく見られるのは、技法上、そうすることが便利であるというポイントが 織手に柄を決めさせるからです。
もっともプリミティブで、もっとも手間がかかり、もっとも絵画的。

つづれ織に限ったことではありませんが、無地に織ってもいいはずなのに、そこに気の遠くなるような手間で複雑な模様を描き出そうとするのは、いずこの作品も同じ。なぜなんでしょうね。そこにあるのは、きっと人間にだけ備わった本能、そして深い祈りなのでしょう。

※写真は左からトルコキリム、ナバホブランケット、そしてプレインカの出土品。

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2008/01/06

おつるのお道具・小管と杼(ひ)

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いよいよ織り機に経糸(たていと)がかかったら、緯糸(よこいと)の準備です。

緯糸を巻く、7センチほどの小さな管を小管(こくだ)といいます。(まんまやん!)
私が学生だった頃はまだ、若い篠竹で作られた小管が容易く手に入っていたのですが、細工に人件費がかかるのか、年々プラスティック製に取って代わり、今では、竹製の新品は全く手に入らなくなってしまいました。プラスティック製は巻いた糸が高速回転するときに静電気が起こって、なにかと都合が悪い・・・。
そんな織り手の気持ちを察してか、ちょっとお高いのですが、木製のものを作ってくれた業者さんもあります。

機織りで緯糸(よこいと)を巻いた小管をセットして経糸の間を右から左、左から右と飛ばすものを「杼(ひ)」といいます。
英語ではシャトル。(行ったり来たりする宇宙船だからスペースシャトルなわけですね)

小管に竹の細い芯を通し、それを杼の内側の小さなくぼみに差し込むと小管がくるくる回る仕掛けになっています。
この竹の細い芯を「竹の杼の子ども」= 「たけひご」、と呼んだんですねー。
いまは、金属製でバネ内蔵、伸縮機能付きのひごもあります。

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