「なになに、『生皮苧』?!」
タイトルの『生皮苧』、なんと読むかご存知ですか? 「なまがわちょ」??
なんだか、とっても血なまぐさい字づらと響き。工房でも大騒ぎになったことがあります。
正解は「きびそ」。正体は「絹糸」です。
といっても、皆さんが想像するであろうシルキーな印象はみじんもありません。ごわごわの、「白いシュロ縄か」と思うぐらいの、野性味あふれる糸です。繭から糸を取るときに出る、クズの繊維を集めて作られます。
この糸の存在は、織りを始めた頃から知ってはいたのですが、付き合いのあった糸問屋さんたちが、ほとんど「キビソ」と綴っていたので、まさかこんなスペルだったとは、数年前まで知りませんでした。
あまり知られていないのですが、灰汁(あく=強アルカリ水)で精錬する前のナマの絹糸はどれも、繊維の表面がセリシンという蛋白質で覆われているのです。これを精錬で取り除かないと、あのつやつやの絹の感触にはなりません。
『生皮苧』の「苧」は訓読みで「カラムシ」と読みますが、これはイラクサ科の麻のこと。(カジュにも夏はたくさん生えますよー。) なるほど、こうしてみると、「表面がカラムシのような風情のナマ糸」と、納得できますね。
ゴワついてはいるのですが、シュロ縄などとはちがい、素手で作業しても手が荒れるということはありません。反対になんとなく、肌がなめらかな感じになってきます。今、一番のお気に入りの素材です。
ちなみに、「苧」の字ですが、「そ」のほかに「ちょ」とも「お」とも読みます。
江戸時代の浮世絵師・鳥山石燕は「画図百鬼夜行」のなかで、「苧うに(おうに)」という妖怪を描いています。「うに」は泥炭のことで、まさに、ばさばさの髪を振り乱した黒々した妖怪です。(写真)
そうそう、お盆のデコレーション・アイテムのひとつ「おがら」は、実は「苧がら」。カラムシは、皮をむいて皮の裏にある繊維をとるのですが、その皮をとったあとの茎の芯なのです。
昔は、乾燥させた「苧がら」は焚きつけなどに使われていたので、どの家の台所にもあったそうです。
(2008年 カジュ通信 夏号より)