つるの糸車(紡)

2009/11/11

脱ぎっぷりがスゴい。 

Suffolk Xcorriedaire

11月とは思えない暖かさ。でも、工房は冬支度です。生徒さんたちも、麻や木綿に変わってウールに触手が動くようです。

12月のギフト展の準備で、おつるも只今ウール三昧。羊の毛って、ほんとうに可能性の大きい素材だなぁとあらためて感動する毎日でございます。

先々月の染めの教室で、生徒さんのH.Kさんが雑談で、「最近、羊の毛刈りの重労働を軽減するために、ある薬が開発されたらしいですよ。」と教えてくれました。なんでも、その薬によって「脱毛」現象が起こり、セーターを脱ぐように毛がぺろーんと脱げるというのです。

ほんまかいな。
さっそくネット検索。「羊」「毛」「脱げる」「薬」などの語を片っ端から投入した結果、見つけました。

この取り組みは「バイオロジカル・ウール・ハーベスティング(BWH)羊毛収穫法」と呼ばれており、オーストラリアで始まりました。
上皮細胞成長因子(Epidermal Growth Factor, EGF)を羊に注射することで、羊毛の成長を一時的に止めるという方法です。開発当初は、このEGFが非常に高価だったために実用が難しかったそうですが、なんと、日本のヒゲタしょうゆがそのバイオテクノロジー研究によって、安価で大量に EGFを生産することに成功し、現在、急速に注目度がアップしているのだそうです。

副作用がない、特殊技能者である毛刈り人でなくとも収穫が容易にできる、毛刈りの際の羊への怪我、それによる病気を防げる・・・といいこと尽くめのようですが、どうでしょう。

羊は、毛を取るものと、肉を取るものでは飼育される種類が違うのですが、中にはサフォーク(写真左)やコリデール(右)のように、両方okの種類がいます。
羊毛の収穫を生業にしている牧場が食肉を出荷するということはまずないだろうと思うのですが、その辺の実態にくわしい方、是非コメントください。

遺伝子組み換えと同様、まだ結果を十分に把握するには日が浅すぎますから、「食」とは切り離した展開が必要ですよね・・・。

百聞は一見にしかず。
とりあえずこの脱ぎっぷりをどうぞ。


※拝借!
・サフォークの写真→http://www.sheepstock.com/ 
・コリデールの写真→http://www.weblio.jp/content/ コリデール 

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2009/09/08

えりさん!

Erisan01 Erisan02

ご存知のように、シルク糸は蚕蛾が作る繭からつくられます。

大きく分けてシルクには2種類あります。
家畜として人の手で飼育される家蚕(かさん)と、自然の中で育つ野蚕(やさん)です。家蚕糸のとれる蚕はカイコガ科の蛾で、野蚕は主にヤママユガ科の蛾です。これがびっくりするほど種類があるのです。

家蚕は繊維の断面が○に近く、伸縮性があまりなく、細いものが多いです。それに比べ野蚕は繊維の断面が楕円で、伸縮性があり、比較的太く、染まりにくいといった特徴があります。

家蚕の繭から糸をとるときは、成虫が繭を食い破って繊維が切れてしまわないよう、さなぎの段階で煮殺し、長い一本繊維を合わせて撚る方法で糸を作ります。
ですが野蚕は、成虫を殺さず、穴の空いてしまった繭をほぐして、それを紡ぐという方法で糸にします。質からいくと野蚕の方がランクが下がるわけです。

では、家蚕糸のほうがいいかというと、私はダンゼン野蚕派なのだ。

中でもお気に入りは「エリ蚕」という種類で、長年の恋人です。
繊維に無数の穴があいていて吸湿性がよく、精錬済みのものは肌触りが夢ごこち。でも腰があってバルキー。生成りはやや黄味がかっていて(薄緑のもあるらしい)、素直に染まってくれないところなんかが、たまぁんない。

昔はベトナムから、このエリ蚕糸がよく入ってきていたのですが、年々手に入らなくなり、とうとう最近は、好みの太い糸などはほとんど見なくなり、工房にも生成りは1カセもない状態に。頼りにしていた唯一の取り扱い問屋も、ついに「在庫がなくなった」と一昨日連絡が入りました。肌がしっくり合っていた連れ合いに、いきなり別れを切り出されたような気分は、たぶんこんなだな・・・。

ところが昨日の朝、男性の声で「そちらに伺いたいのですが」と電話がありまして、貸しスペースの見学かと思ったら、「実は私、ベトナムでエリ蚕糸のプロジェクトをやっている者でして・・・。」と言うではありませんか。しかも、カジュからほど近い浄明寺にお住まいの方!「どうぞ、すぐいらしてくださいっ!」と電話を切ったのはいうまでもありません。

フェアトレードの観点からベトナムで、エリ蚕糸の生産体制を15年に渡って作り上げ、飼育、製糸、安全な植物染色を指揮している方でした。
たくさんのサンプルの中に、あるではないの、太番手のエリ蚕糸!! Oh, my lover came back to me!

冒頭の写真は、見本にくださったエリ蚕の繭(左)と、その繊維をほぐしてきれいに梳いたもの(右の右)とその行程で出たくず絹(右の左)です。どちらもとても紡ぎやすく手に馴染みます。さっそく、太番手の糸、機械撚りの極細糸、くず絹のノイルを注文いたしました。
嗚呼、シアワセ。

余談ですが、蚕が桑しか食べないというのはウソです。
確かに、家蚕は桑でやんごとなく育ちますが、エリ蚕はヒマ(ヒマシ油をとる植物)などを食べますし、同じ野蚕のタッサー(タッサール)蚕は、なんと菩提樹の葉っぱを食べます。インドのアッサム地方にいるムガ蚕(これも好きなのよん!)はホウノキで育ちます。

さらに、この記事を書く過程でわかったことですが、蚕でない蛾にもシルクを作るのがいるらしいです。
アットホーム(株)大学教授対談シリーズ『こだわりアカデミー』の記述によりますと、アフリカにいるギョウレツケムシ科(!!)のアナフェという蛾は、100匹ほどの集団で生活していて、100匹で一つの大きな繭を作るのだそうです。(引用サイト内の写真をチェック!)

「ダイヤモンドは女の一番の友」とマリリン・モンローは歌いましたが、私は絶対シルクが一番の友、いや永遠の恋人だと思います。



※この記述にあたりましては、リンクのほか、以下のサイトから引用、または参照にいたしました。
http://www.brandnewsilk.com/category/9/index.htm
http://www.jpmoth.org

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2009/09/05

紡ぐということ。

Spi02

冒頭の写真は、今年のカジュ祭で、スピンドルで糸を紡ぐワークショップをしているM.Rさん。この、幸せそうなお顔。

糸を紡ぐという行為は、人間の仕事の中でもかなり根源的なものだと思います。ただ束ねただけでは切れたり、長さが足りなかったりする繊維も、撚りをかけることによって強くて丈夫な長い糸になる・・・。人類最大の発見といっていいでしょう。

紡ぐ道具には様々ありますが、一番原始的なものが「紡錘車」いわゆるスピンドルになります。 世界各国にそれはもういろんな形の、いろんな大きさのスピンドルがありまして、すごいのは、今でもりっぱに現役の道具というということです。

Spindles

写真左から2つがメキシコのスピンドル。普通に雑貨屋に売られていたものを買ってきてもらいました。真ん中の小さいのがインドネシアのスピンドル、そして隣がアフリカのスピンドル。一番右端は、インドのチャルカです。私の持っているものは畳むと本の形になる"ブックチャルカ"という小型のもの。

05ausozai_1 Itoguruma

17世紀になってヨーロッパで写真左のような足踏み式の糸車ができました。日本では、写真右のような座して使う糸車が使われてきました。これはアジア各地に見られます。

日本にはスピンドルはなかったのか? いえ、ありましたよ! 

群馬県多胡郡(たごぐん)の遺跡からは、なんと弥生時代後期から11世紀前半のスピンドルが540も出土しているのです。何を紡いでいたかは謎なのですが、この一体は「上野国」といわれ、もっと古い名では「毛野国(けぬのくに)」=絹の国といわれていたそうで、朝鮮から渡ってきた絹業技術者が建国したという説があります。となるとやはり絹を紡いでいたのかなぁ、と思うのですが、あの有名な多胡碑の碑文の中にやたらと「羊」の字が出てくるそうで、これが地名なのか人名なのか、ほんとに羊がいたのかはわからないそうですけど、奈良時代あたりに羊がモコモコ飼われていたなんて想像するのもちょっと楽しいです。

羊毛を紡ぐスピンドルが、数からいったら一番多いと思うのですが、棉(糸になる前はこの字)や麻も紡がれていました。羊毛用のスピンドルに比べると小さいですね。重すぎると短繊維で弾力のない棉や麻は紡げないのです。

私の持っている古いスピンドルも、紡ぎ手が紡ぎながら紡錘(つむ)や軸を削った形跡があります。扱う繊維の特性にあわせて、紡ぎやすい重さに調節していったのでしょう。だから、使い込まれたスピンドルは、かなり歪んだ形なのに回したとき軸がぶれない・・・!

いつ終わるとも果てない紡ぐの仕事は、呼吸を整えて淡々と続けていきたいものです。

今年も手紡ぎ教室がはじまります。糸車やスピンドルとともに気持ちをリセットして基本を見つめたいと思います。

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2009/02/11

らぶ、メリノ羊!

Sheep01 ( photo from “Woolmark”)


モコモコ羊の代名詞として、広く知られている「メリノ種」。 現在ではオーストラリアのものが有名ですが、もともとはスペインに原種がいました。

その歴史には、諸説があるのですが、キリスト生誕直後のローマで、ローマの羊と、小アジアの羊を、スペインの羊飼いが交配させたのが始まり、という説が有力です。
10世紀にはスペインを支配したイスラム教徒たちにより数が増やされ、また羊毛を使った織物の技術もこの地に栄え、世界有数の羊飼養国、織物輸出国になったのです。

その後12世紀になって、北アフリカの「ベニ・メリノス族」が持ち込んだ羊との交配によってさらに毛質がよくなり、これが、俗にいう「スペイン・メリノ」となりました。

このスペイン・メリノが、大航海時代の強国スペインの財源を支えたのです。コロンブスの遠征費用も当時のフェルディナンド王とイザベラ女王がメリノで得たお金で援助してあげたのだとか。

ところが15世紀になって、イスラム教徒がスペインを追われると、羊飼いや織物の技術者の多くがイスラム教徒だったことからだんだんと衰退の道をたどることとなります。

スペイン・メリノは1786年まで門外不出の扱いで、国外に持ち出そうとした者は死刑、という時代もあったぐらいなのですが、18世紀にはフランス、19世紀にはイギリス、アメリカに戦争の代償に大量に売り渡され、それがついにオーストラリアにたどり着き、より繊細で、より白い品種に改良されます。
独特のヌメリ感があり、弾力性に優れ、水をはじく性質なのに湿気はよく吸収する・・・。紡ぎやすく、フェルトにも最適。繊細な光沢があるのに、コシがあるので、とても用途が広い羊毛です。

原種のスペイン・メリノはオーストラリア産に比べると粗野な感じですが、まだカラードも多く、その独特の野性味のあるコシの強さから、手仕事人には根強い人気があります。

(参考資料: 「羊毛文化物語」/山根章弘 「羊の手帖」/スピンハウス・ポンタ)

カジュ通信2009年・新春号より

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2008/03/03

ブラッシング

Carding03

Carding02

そろそろ、春の息吹に満ちてきましたので、ウールの季節はおしまいですが、オン・シーズンで作品を出すということは、シーズン・オフにその制作をしておかなければいけないという事です。
暑〜い湿度80%などという時期にウールを触るのは、ちょっとした自虐ワールドです。

そうはならないように、比較的過ごしやすい時期にウールの仕事を終えておこうと、今年は心を入れ替えて、今から来シーズンのウールの準備をしています。(えらいっ!)

写真は、洗い上がりの羊毛(スカード、と呼ばれる段階のもの)を工房で染め上げ、それを梳いて繊維の方向をそろえてフワフワの状態にする工程に入るところです。
この工程を「カーディング」といいます。

「カーディング」は、ラテン語の“carduus”(アザミ) から来ている言葉です。今は、金属の針が柄のある板に取り付けられた2つひと組のカーダーをつかって毛を梳くのですが、昔は、数個のとげとげのアザミの実を麦わらで板状に編み上げたものを使っていました。

私のもっているハンドカーダーは、盛岡の指物師さんに作っていただいたものです。
盛岡は、日本のホームスパン(手紡ぎのウールによる織物)の発祥の地。明治時代に布教にやってきた宣教師によってその技術がつたえられたと言われ、今でも、町ぐるみでとても盛んです。

そういうわけで、指物師さんがカーダーが作れるという訳です。輸入物は体の大きい西洋人向けなので、使い勝手がイマイチ。この盛岡のカーダーは、日本人にはジャストフィット。もう20年以上使っています。
最近、新しいものを注文しようと思って電話したのですが、つながりませんでした。まさか廃業してしまったということはないよなー、と、ちょっと心配です。

さすがに10キロ、20キロの羊毛をハンドカーディングするというのはしんどいので、工房では電動ドラムカーダーを使っています。それでも、けっこうな重労働。
丁寧にカーディングしませんと、紡いだときに糸にコブができたり、ゴミがいっしょにくっついてしまったりしてしまいます。

さ、暑くなる前に終わらせよっと。

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2007/12/01

チャクラの開く仕事

Cotton01

綿の紡ぎ。一番原始的な道具はスピンドルという「コマ」。
羊毛用のものより小振りで軽いのは、綿の繊維が短いからです。
しっかり打った綿でつくった篠は、撚りがきれいに入ります。

日本では、糸車(足を使わないタイプ)を使います。

チャルカは、マハトマ・ガンジーが考案したといわれるインドのポータブル糸車。よく考えられています。

実は私も「ブック・チャルカ」という、たたんだ時に本の形になるかわいいチャルカを、工房の生徒さんだった、故・松井昌子さんに生前いただいて持っていたのです。

2年ほど前、千葉にある 鴨川和棉農園 (有機栽培による和棉づくりに取り組んでいる貴重な拠点) のスタッフ、ささきなおみさん (通称なよごん !) による綿くり、綿打ち、綿紡ぎのワークショップが行われたことがあります。

そのワークショップが開かれることが決まった時、「これは何かのサインだ」と思い、 壊れていたこのチャルカを修理に出してこの日に備えました。
講師のささきさんに早速紡ぎ方を教わり、また、ガンジーがこのチャルカにこめた非暴力の独立運動の精神について知り、私に遺されたこのチャルカの意味が分かった気がしました。

基本的に紡ぎ方は、日本の糸車とかわりません。ちょっと練習したら、 すぐスルスルと紡げました。

ちなみにチャルカの名前は「チャクラ」に由来するのだそうです。

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2007/07/09

棉と綿

Khajuibook_745

タイトルの文字、いずれも「めん」と読みます。
まだはじけたばかりの実の状態のものに「棉」の字をあて、種をとった状態の繊維、それから先の撚りの入った状態のものに「綿」の字をあてます。
収穫して種を取り除いた「綿(わた)」は、次に「綿打ち」という、繊維をほぐす作業を施します。
この道具がユニークなんです。

西欧では、カーダ-という、2つひと組のおおきな板状のクシを使って「梳く」のですが、
アジアでは、ハイテンションに張りきった弓の弦をはじきながら繊維をからめ、「ほぐす」のです。
写真の綿打ち機は、鴨川和棉の農場のオリジナルですが、インドのシッキムを旅した時に、同じものを見たことがありました。

日本では、細い竹をたわめて、それに繊維をからめて同じように「ほぐす」道具が使われていたようです。

最初にこの方法をあみ出した人って、どんな人だったんでしょうね。
試しにやらせてもらいましたが、大変な力が必要です。

打った綿は15センチ角ほどに薄く広げて、塗の箸などを芯にしてクルクルと巻き、筒状の「篠(しの)」にします。これで紡ぎの準備は完了です。

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